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サラブレッド、という言葉があります。いえ、お馬さんの話じゃなくて、比喩表現としてですよ。平たく言うと近年批判も多い2世って奴なんですが、環境に恵まれた故の才能というものは確かに存在します。宇多田ヒカルしかり、貴乃花しかりです。宇多田は激ヤセ、貴乃花は謎の言動が心配ですがw

それはさておき、ダラスで生まれたグラント・ヒルのサラブレッド振りはかなりガチです。何しろ父親がNFL、ダラス・カウボーイズのスターだったカルヴィン・ヒル、母親が先日大統領になりそこねたヒラリー・クリントンの元ルームメイトですからね。しかもこの母親、元ペンタゴンの事務次官&コンサルティング会社の共同経営者と来ています。こんな超エリート家庭に生まれると、一歩間違えば三田佳(ry

えー、ヒルは地下室で薬物乱用や乱交パーティーに耽ったりする事無く(笑)、至って健全に育ちました。そして父カルヴィンがNFLを引退するに伴い、ヒル一家はダラスを離れ、ヴァージニア州レストンへ移り住みます。この地、サウス・レイクス高校にてグラントはバスケットボール選手としての能力を開花させました。

'90年のマクドナルド・オール・アメリカン・チームに選出されたヒルでしたが、NCAA入りするに当たりちょっとした問題に直面します。即ち父親はノースカロライナ大入りを望み、母親はジョージタウン大入りを望んだのです。賢明な息子、グラントはニュートラルな選択肢を選びました。そここそが名将コーチKことマイク・シャシェフスキー率いるデューク大だったのです。'80年からコーチKが就任したデューク・ブルー・デヴィルズは'84年からNCAAトーナメントの常連となり、'86年には決勝進出。その後もスウィート16、2年連続ファイナル4と続き、'90年には再度決勝戦で涙を呑んでいたのでした。

既にNCAA史上最高のPGの1人と言われたボビー・ハーリー、そして後にドリームチームの一員となるこれまたNCAA最高の選手の1人だったイケメン選手クリスチャン・レイトナーを擁する強豪だったデューク大は大物新人ヒルを迎え、いよいよ強力なチームとなります。'90-'91シーズンを32勝7敗で終えたデューク大は'91年NCAAトーナメントでもミッドウエスト第2シードから順当に勝ち上がり、ファイナル4では昨ファイナルで敗れた相手、UNLVを79-77の僅差で倒してみせます。そして悲願のファイナル、対戦相手はカンザス大でした。



この大舞台でもヒルは萎縮する事無く活躍、1年生にしてデューク大初のNCAAトーナメント制覇に大きく貢献したのです。そしてデューク大は翌'91-'92シーズンも34勝2敗で駆け抜け、シーズンをずっとランク1位で通してしまうと、当然のイースト1位で再度トーナメントに突入。連覇を目指すチームはエリート8でこれまた名将のリック・ピティーノ率いるケンタッキー大と対戦したのです。NCAAトーナメント屈指の名勝負となったこの試合、残り2.1秒でケンタッキー大のガード、ショーン・ウッズのランニングショットが決まって102-103となった時点で勝敗は決したかに思われました。しかしタイムアウト後、ミラクルは起きました。



ヒルのワンハンドスローインはコートエンドから一気にコートを縦断、このスローインをトップ・オブ・ザ・キーあたりでダイレクトで受け取ったレイトナーは本当に時間ギリギリでケンタッキー大ディフェンダーの上からジャンパーを放ちます。起死回生のブザービーターは見事ネットを揺らし、デューク大が見事104-103で勝ち星をもぎ取ったのでした。

劇的な勝利に一層勢い付いたデューク大は2年連続ファイナルの舞台に立ちます。そして、この時の相手こそがFab 5、ウェバー、ジュワン、ローズはじめ1年生先発5人組が引っ張るミシガン大だったのです。こうして見ても、いかにこのファイナルが千両役者対決だったかが判ろうというものですね。



このカード、流石に経験あるディフェンディングチャンピオンにアドヴァンテージがありました。終始Fab 5達を圧倒したデューク大は71-51でミシガン大を一蹴、実に'67〜'73年のUCLA7連覇以来となるNCAAトーナメント連覇を達成したのであります。

3連覇もあるかと思われたデューク大は'92-'93シーズンを24勝8敗で終え、ミッドウエスト3位でトーナメントに突入。しかし、2回戦で思わぬ伏兵、ジェイソン・キッド率いるカリフォルニア大が彼らの前に立ち塞がりました。



77-82でデューク大は予想外の敗戦。この一戦でキッドが評価を上げたのは言うまでもないでしょう。NBAでも同期となるヒルとキッド、最初の邂逅でありました。

ハーリーとレイトナーがNBAへ去ってしまった'93-'94シーズン、NCAA最後の年にヒルは名実共にチームのエースとなります。28勝6敗でレギュラーシーズンを締め括ったこの年、偉大な先輩達抜きでヒルがどこまでやれるかが試されたと言えるでしょう。サウスイースト2位にシードされたデューク大はこの年のトーナメントをも勝ち上がり、ヒルは母校を2年振りのファイナルへ導いてみせたのです。



しかし、ファイナルでは残念ながらコーリス・ウィリアムソン率いるアーカンザス大に72-76で敗退。4年の在学期間中に3回優勝とは行きませんでした。それでもなお、4年で2回優勝、1回決勝進出です。しかもACC史上初の1,900得点700リバウンド400アシスト200スティール100ブロックを達成した選手となり、彼の背番号33はデューク大史上8人目の永久欠番となりました。NCAAのキャリアとしては全く申し分無かったと言って良いでしょう。

かくして家庭環境のみならず、NCAAでのバスケット選手キャリアでもエリート街道まっしぐらだったヒル。当然のようにNBAスカウトの評価も高かったこの時こそ、正にジョーダン一度目の引退のタイミング。ポストジョーダンという期待は嫌が上にも高まるというものです。そんなヒルは'94年ドラフトにて、グレン・ロビンソン、ジェイソン・キッドに続く3位での指名でピストンズに指名されます。既にバッドボーイズの栄光も去りドアマット化していたピストンズに、ヒルはそれまでの悪役イメージ満載だった頃のピストンズとは全く違う風を吹かせる事となったのでした。

(以下、ピストンズ編へ続く)

※参考文献

ウィキペディア

Wikipedia

デューク大ブルーデヴィルズウィキペディア

「WOGの酔っぱらいコラム集」より「グラント・ヒル」という名の偶像

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