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さて、大きな期待を背負って'94-'95シーズンからNBA入りを果たしたグラント・ヒル。彼の母校デューク大は基本的にアーリー・エントリーを許さない大学であり、その伝統はエルトン・ブランド、コーリー・マゲッティーの代が破るまで守られていたのです。ヒルもまたその伝統通りキッチリ4年NCAAでプレーして来ており、ファンダメンタルな面でも既にNBAで通用する人材と思われていました。そしてヒルはその高い期待を全く裏切る事無く、1年目から19.9得点6.4リバウンド5.0アシスト1.77アシストなどという、オールラウンドなスタッツを並べます。シュート、パス、リバウンド、そして卓越した運動能力から繰り出すクロスオーヴァードリヴルとダンク・・・完璧なまでにオールラウンドなSFのプレーでした。新人にして1,000得点を挙げたのはピストンズではアイザイア・トーマス以来の記録であり、やはりアイザイアの後を継ぐフランチャイズの柱である事は誰の目にも明らかだったのです。

バッドボーイズ時代と同じ赤と青のユニフォームに身を包んでいたヒルですが、そこに最早バッド・ボーイズ時代のダーティーさはありませんでした。バッド・ボーイズ達は既にチームを離れており、2連覇時代からの主力で残っているのはジョー・デュマースのみ。そしてデュマースという選手は、バッド・ボーイズ全盛期にあって唯一ラフプレーに走らない紳士的な選手だったのです。ここにヒールとしてのピストンズは完全にその幕を閉じ、ヒルとデュマース、ヒューストンといった面々を中心にベイビーフェイスとしてのピストンズが始まったといえるでしょう。

このルーキーシーズン、ヒルは早くも歴史を作ります。ジョーダン引退中のシーズンだったとはいえ、オールスターにファン投票1位で選出されたのです。アメリカの4大スポーツ史上、新人がファン投票1位で選出された事はこれが初めてでした。既にヒルがリーグに与えたインパクトはそこまで大きくなっており、ジョーダン引退後のNBAにおいて次代のスターの座はほぼ確約されたと言って間違いありませんでした。そしてそれを証明するかのごとく、ヒルはドラフト1位のグレン・ロビンソンを差し置き、NCAA時代のライヴァルでもあったジェイソン・キッドと共にルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得しました。ピストンズでの新人王はレジェンドの1人、デイヴ・ビング以来の事だったのです。ただこのシーズン、ピストンズ自体の成績は28勝54敗に終わります。ピストンズが勝てるチームになるにはまだ人材も経験も不足していました。

明けて'95-'96シーズン、ピストンズはユニフォーム及びロゴのデザインを変更、青と赤のカラリングを青緑とエンジ赤に変更します。シンプルなロゴも何故か馬の絵をあしらったややアメコミっぽいものになりました。このロゴに関してはかなり評判が悪かった記憶しかありませんが、まあそういう時代だったのでしょうね。言うまでもなく、このデザイン変更はバッド・ボーイズ時代のイメージ払拭が狙いだったと思われます。レブロンの入団と共にチームカラーまで変更したキャヴスと同じ事です。ああ、シクサーズもアイヴァーソンの入団2年目からユニフォームとロゴを変更してましたね。

ユニフォームやカラリングが変われど、ヒルのインパクトは変わりません。鮮烈なデビューを果たした彼に2年目のジンクスも何も無く、20.2得点9.8リバウンド6.9アシストと各部門でスタッツを上昇。そしてこのシーズン、彼のトレードマークとなるトリプルダブルが目に見えて増えていきます。オールラウンドなプレースタイル故に可能だった彼のトリプルダブルは、リーグトップとなる10を数えたのです。今でこそMr.トリプルダブルと言えばキッドのことですが、当時はヒルとキッドがしのぎを削っていました。そして、この頃はヒルの方がキッドを上回っていたのです。

そしてオールスター投票、ヒルはまたしてもファン投票1位で選出。このシーズン、ジョーダンが復帰したにも関わらず、です!またチーム成績も遂に46勝36敗と勝ち越し、'92年以来のプレーオフ復帰を果たしました。1stラウンドでシャック&ペニー体制最後のシーズンとなったマジックに0-3で敗れはしたものの、チームとしてはステップアップしつつあったと言えます。2年目にして完全にリーグの顔となったヒルはこのオフ、当然のようにアトランタ五輪の代表に選ばれ、シャックやペニーといった面々と共に難なく金メダルを獲得。ヒルのキャリアに輝かしい勲章がまたひとつ加わったのでした。

このオフはしかし、ヒルと共にチームを牽引するかと思われたアラン・ヒューストンがFA移籍でニックスへ去ってしまい、順風満帆だったヒルのキャリアに初めて影が差します。が、3年目のヒルはそれでも止まりませんでした。ジョー・デュマース共々チームキャプテンに任命された'96-'97シーズン、ヒルは21.4得点9.0リバウンド7.3アシスト1.8スティールと更にプレーの質を上げていきます。FG成功率も.496まで上昇、更には3ポイント成功率までも.303まで上げて来たのです。なお、20得点9リバウンド7アシストのスタッツはラリー・バード以来の記録です。このシーズンは実に13回のトリプルダブルを記録しました。このシーズンのトリプルダブル総数はリーグ全体で35回ですから、文句無しのリーグトップです。オールスターも流石にジョーダンに得票数1位を譲ったものの、3年連続ファン投票での選出となりました。

また、それまでは勝負所での弱さを指摘される事も多かったヒルでしたが、このシーズンはクラッチタイムで積極的にシュートを狙い、試合を決める場面も目立ち始めます。キャプテンに任命された事がヒルのリーダーシップを磨いた事は疑いの無いことであり、かくてチームは54勝28敗まで成績を上昇。そしてヒル自身もシーズンMVP投票でカール・マローン、ジョーダンに次ぐ3位の票を得たのです。このシーズンファイナルへ勝ち進んだ2人に次ぐ3位というところに、ヒルへの評価の高さが如実に現れていると思います。

プレーオフでは1stラウンドでホークスと対戦。2勝2敗まで縺れたものの、最終戦を落とし惜しい敗退となりました。しかし、2年連続の1stラウンド敗退とは言え、ヒルが在籍する限りピストンズは明らかに希望に満ち溢れたチームのはずでした。NCAAの王座、新人王、オールスター、五輪、そしてドアマットから年を重ねる毎に上昇気流に乗っていくチーム・・・ヒルは順調過ぎるほど順調に王道を歩んでいました。遠からずリーグMVP、そしてチャンピオンシップへの道も開けるだろうと誰しもが思った事でしょう。当時のヒルはファイナル進出前夜のレブロンと同じ状況だった、そう言って全く差支えないと思います。

しかし、ああ、なんという事でしょう。この'96-'97シーズンこそが今になってみれば、ヒルのNBAキャリアにおけるピークになってしまったのでした。

(以下、ピストンズ完結編に続く)

※参考文献

ピストンズ公式HPよりHISTORY



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