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DUNK SHOOT (ダンクシュート) 2009年 09月号 [雑誌]
DUNK SHOOT (ダンクシュート) 2009年 09月号 [雑誌]
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さて、皆さんDUNK SHOOT誌9月号はご覧になられましたでしょうか。通算200号記念企画の一環として、この号にはなんとNBAコミッショナー、デイヴィッド・スターンのインタヴューという代物が掲載されてます。この試みは先に「SLAM」誌が行なった事がありまして、D誌もこれに倣った訳ですね。そのインタヴュー内で「SLAM」誌の話をしているのも偶然でも何でもないという次第です。ま、元編集長のラス・ベンソン氏が連載持って定期的に対談に登場してるんですから別に何の問題もありませんが。

で、スターンのインタヴューですが、なかなか興味深いです。特に日本市場進出のくだりが。

「私が初めて日本に渡ったのは30年前だったと思います。NBAはそれ以前から日本の市場に興味を持っていて、その年に初めて伊藤忠商事の方々と会談したのです」

マジっすか!!(AA略)

30年前って、まだ'70年代の暗黒時代から日本進出を考えてたとか、どんだけヴィジョン広いんですかNBA。つまり、スターンがトップに就く前からNBAは海外での展開を視野に入れていたという事になります。ま、NBAはというより、スターンはトップになる前から海外進出を目指して動いていたんだろうなと思いますが。

で、既に30年前から伊藤忠商事が動いてたってのも凄いですね。商社ってところは商売になるなら何でも取り扱う凄い組織なんですが、NBAみたいなスポーツリーグにもこんな早い段階でコンタクト取ってたんですね。バスケ人気の根付いていない日本でこの早さ、あるいは伊藤忠商事にはバスケ好きの偉いさんor現場のヒトがいらっしゃったんでしょうか。

とはいえ、流石に'70年代はスターンもまずアメリカ国内でのリーグ立て直しが急務だったでしょう。それはNCAAの大スターだったマジック&バードのNBA入りで概ね解決しました。そして、アメリカでの基盤を確立した彼らはいよいよ酒井法子がまだ清純派だった気もする'80年代後半から日本のマーケットを目指して動き始めたのです。そう、伊藤忠商事とのタッグで。

まずはNHK。スターン自身がインタヴューで「22年間にわたって良い関係」と明言している通り、NHKがまずNBAの放送をBSベースで始めます。マジック&バード最後の煌めき、“バッドボーイズ”ピストンズ2連覇、そしてジョーダン&ブルズ初の栄冠へ・・・そんな時代でした。まあ私はまだ全然見てませんでしたが(笑)。

この当時、まだまだBS放送の普及率などたかが知れていました。しかし、幸い(?)この頃はまだMLBに挑戦する日本人もいなかったのです。野茂選手がメジャーリーグの扉を叩くのは'95年の話でしたからね。放送コンテンツを求めるNHKと日本でレギュラーなTV露出を求めるNBAの思惑は一致、ここにNBAは日本進出の橋頭堡を築く事に成功した訳です。時間が経つ程、BSの普及率は上がり、NBAが日本人の目につくチャンスは上がります。衛星放送でアメリカのスポーツを流す事が衛星放送開始の理念に沿うものだったかは些かの疑問もありますが、ともあれ最初の種は蒔かれました。

時を同じくして伊藤忠商事が更に動きます。上記のNHKでの放送を含め、NBAジャパンが出来るまでの間、日本でNBAビジネスを仲介していたのは伊藤忠でした。恐らくスターンと契約を纏めたであろう日本屈指のエリート商社は日本でのNBA展開を一手に担ったのです。私が就職活動していた頃、伊藤忠の資料にはNBAがビジネス案件の一例としてキッチリ掲載されていたものでした。

そんな彼らが次に仕掛けたのはNBAグッズ展開。黎明期、ブルズとレイカーズのグッズばかり溢れ返っていたのは伊藤忠側の判断だったと思います。まずはアパレル、バッグ類、文房具。その後、徐々にチーム展開の幅が広がっていきました。

私が梅田のキディランドでNBAグッズを見かけたのと、実家引越しに伴い買い直したBSチューナー入りのTVで初の3PEATに挑んでいたブルズを見かけたのと、どちらが先だったか今では思い出せません。しかし間違い無く言える事は、こういうプロモーションは様々な場所で同時に行なわれる方がより効果を発揮するものであり、少なくとも私にはそれは見事に作用した、という事実です。

流石にこの頃には名前ぐらいは耳にしていたマイケル・ジョーダンという選手、そしてその傍らにいる馬面のピペンなる聞き慣れない名前の選手、そして嫌が上にも目につく赤いゴーグルのグラントという名前の選手。そしてどうやらジョーダンの次ぐらいに来るスターらしいバークレーとかいう名前の蛸入道。いつの間にやら、我が家の夜飯時間のチャンネルはNHK-BSの占有率が上がっていったのです。一応NHKなので親も安心して見ていられましたし、BS放送そのものへの物珍しさも幸いしました。そこまで狙ってNHK-BSでの放送だったのなら本当に恐るべしNBA&伊藤忠です。

そして、外に出ればNBAグッズ。BSで見たあれがこのチームかと私にも見当がついてきました。しかし、当時はやはり知識が全くありません。全部で何チームかは勿論、そもそもどこにどんなチームがあるかも分かりませんし、分かる情報源もありませんでした。ドリームチームブームの頃に雨後の筍のように林立したNBA専門誌は、本好きのはずの私の目にはまだ届いてなかったのです。私が定期的にNBA雑誌を買うようになる頃にはもう、DUNK SHOOT誌とHOOP誌以外の雑誌は無くなってしまってましたね。BOOK OFFのバスケ雑誌コーナーに時たま、これら今は無きNBA雑誌のバックナンバーがありますので、一読をお勧めします。当時の広告戦略、展開商品が分かりますよ。

ともあれ、プロ野球&高校野球、五輪、相撲、硬式テニス、F-1あたりをチェックしていた平均的日本人だった私の中で、NBAのランキングは徐々に上がって行きます。しかし、当時の私はまだ、このチームを応援するという特別なモチベーションはありませんでした。まだまだ知識が圧倒的に足りなかったですしね。かくして、これまた平均的ですがとりあえずジョーダン&ブルズを緩く応援するぐらいの感じでした。

案の定、ジョーダンは私がライバルと睨んだ蛸坊主の率いるチーム、サンズとファイナルでぶつかります。そしてあの、パクソンの決勝3ポイントを目撃した訳です。私はやっと、バスケットボールという種目の醍醐味を味わったのでした。



しかし、この直後ジョーダンを悲劇が襲います。アメリカ銃社会の闇はジョーダンの実父強盗殺害事件という悲劇を生み、この事をきっかけのひとつとして、ジョーダンはなんとNBAから一度目の引退を発表してしまったのでした。

これには弱りました。ジョーダン引退でほんのちょっとブルズに傾きかけていた気持ちも形無しです。さて、来季はどのチームを見ていけば良いものやら・・・そんな私に、以前にタワーレコード店頭でもらったフリーペーパー「bounce」のあるラッパーの紹介記事が目に入りました。

シャキール・オニール。

NBAドラフト1位の次代のスター候補にしてラッパー。音楽好きでもある私としては興味を持たない訳がありません。そして彼が在籍しているチーム名は、オーランド・マジックといいました。

この記事は伊藤忠商事の仕込みではありません。タワーのフリーペーパーですから出稿元は当時シャックのCDを発売していたレコード会社、BMGビクター(当時)だったでしょう。NHK-BSと伊藤忠商事の思惑とはちょっと違う形で、私のNBAファンへの道は私自身も予想していない方向へと転がり始めたのでした。

P.S.
冒頭紹介した「DUNK SHOOT」誌のスターンコミッショナーへのインタヴューですが、スターンはbjリーグへの期待を述べている一方でJBL及び日本バスケットボール協会には一切言及していない事実に気がつかれた方はいかほどいらっしゃいますか?前回、そして今回とFIBAアジア選手権で最低成績を更新してしまっているのは決して偶然ではありません。協会のダメさをスターンは残念ながらよく分かっているんでしょうね・・・。

P.S.2

http://www.nack5.co.jp/catch_the_sports/index.shtml?file=200902&id=9

スターンのアジア&世界戦略についてはこちらの方が断然詳しいです。是非ご一読をお勧めします!私もこれから熟読してみますよ。

(以下、4〜マジック・キングダムへの道〜へ続く)

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