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ヒトはいついかなる理由で特定球団のファンになるのでしょうか。本来自らの人生に特に関係無いはずのチームの成績に一喜一憂し、歓声と溜め息、時に罵声やブーイングまでも繰り出すようになり、果てはフーリガンと化したり甲子園や阪神電車内などで泥酔するようになったりしてしまうのは何ゆえでしょう?

私の場合は高田純次並みに適当でした。ひとつにはマジックのチームカラー。そう、生まれついての生粋の青色好きの私には常勝ブルズより応援したいチームが出来たんですな。ただ、青けりゃ良いなら他にも候補はありました。実際キディランドで伊藤忠商事ライセンス仲介アイテムのNBA消しゴムを見掛けた時、確か展開チームはブルズ、レイカーズ、マジック、ホーネッツ、・・・あとニックスだったかな?そう、マジック以外にも青いチームはある訳です。実際、ちょっときっかけがあれば私はホーネッツファンになっても全くおかしくありませんでした。

では、私をマジックファンに固定してしまった決定要因は何だったのでしょう?シャックの存在は確かに大きかったです。しかし、より私を惹き付けたのはシャックデビューの翌シーズンにマジックに入った長身で容姿端麗な「マジック・ジョンソン2世」でした。アンファニー・ハーダウェイ、通称ペニー。2年連続ドラフト1位指名権獲得というミラクル、いやチーム名通りにマジックを生んだ故の大型PGの獲得は私を惹き付けました。

伊藤忠商事主導のNBA振興策はいよいよ本格化していた折です。梅田の阪神百貨店でシャック、デニス・スコット、ドナルド・ロイヤルという「なんでやねん」と突っ込みたくなる人選の似顔絵3ショットTシャツが売られ、阪急イングスでは全チームのロゴ入りTシャツ取り扱いがスタート。そして、梅田ロフトの一部を間借りしてですがNBA専門ショップまでが誕生したのです。私も気が付けば大学帰りにそこへ寄る事が増えていました。

そして今ひとつ、私が行く頻度を上げた場所はミナミ、難波のスポーツタカハシ、「スポタカ」でした。ここはNBAコーナーが充実しまくっていまして、日本デザインのライセンス商品と共に直輸入アイテムが在庫豊富だったのですね。当時スニーカーショップで展開されていたシャックのシグニチャーシューズ第1号、「シャック1」を履き、彼のパーカーを買った私の次のターゲットは、ジェフ・ハミルトン社製のジャケットでした。

ハミルトン


確かテレビで柳葉さんがNFLサンフランシスコ・49ersのヴァージョンを着ていた記憶があるんですが、ジェフ・ハミルトン社製のジャケットってそれはそれはパンチの効いた値段するんですよ。全部革の商品だと20万円超えてきますからね。いくらなんでも大学生の身空でこれを買うのはハードルが高過ぎます。我が家が大学入学記念に外車やらマンションやら買ってくれるようなリッチファミリーならいざ知らず、典型的な中流家庭でどうにかなる代物ではありませんでした。

しかし、そんなリッチじゃない我々のためにジェフ・ハミルトン社は廉価版ジャケットを用意していました。これは一部に革を装備した硬めのコットンジャケットです。当時スポタカで45,000円ぐらいだった気がします。それでも、まだ気軽に買えるお値段じゃないですね。一緒に売っていたサテンジャケット(こちらは2万円切ってたかな)も良いかなと思ってましたが、やはり背中にマジックのロゴが踊るハミルトン社のジャケットの方が私はお気に入りでした。私は当時家庭教師などでバイト代を稼いでいましたが、それでもやはりなかなか買えなかったものです。

そんな'93〜'94年の冬だったでしょうか。奇跡が起きました。スポタカさんがバーゲンセールで件のジャケットを1万円ばかり値引きしてくれたのです。遂に私もバイトの金をはたくべき時が来たのだと悟りました。この頃、マジックはまだプレーオフ初進出へ向けてやっと道が開け始めた頃だったというのに、です。

本当のところ、背中一杯にチームロゴが踊るというデザインからするとマジックのような横長(当時)のロゴよりブルズやペイサーズのような円形〜正方形のロゴを持ったチームの方がより派手になって良かったのですが、私にとって問題は最早そこではありませんでした。マジックに心奪われた私にとっては、マジックのジャケットであることが第一義だったのですから。かくして、遂に私は宿願のジャケットを手に入れたのです。総皮革製でない以上、特に冬場寒さに強かった訳でもありませんが、どれだけ愛用した事かは最早語る必要も無いでしょう。

因みにこのジャケット、腕部分の革が一部破れてはいますが、一応今でも現役です。流石に近年は着てませんが、マジックが優勝したら引っ張り出してみましょうかね。ファイナル、初夏とかですけど(^_^;)

ともあれ、気が付けばここまでマジックにハマってしまった私でしたが、まだスニーカーには目覚めませんでした。シャック1を履いてはみたものの、今ひとつジーンズには合わない気がしたんですよね。私がバッシュ道へと道を踏み外すには、まだ時間とお金が必要でした。

また、この時代はまだネットの普及率も高くなく、今のように海外から直接情報を仕入れるのも楽な事では無かったのです。コアな方なら情報収集の為にパソコン導入とかやっている方もいらした事でしょうが、私にはこちらもまだ早かったのです。

DUNK SHOOT&HOOP両誌も私にはまだ遠い存在でした。当時のH誌は表紙の「HOOP」というロゴが金色だったんですよね。あのゴージャス感、いつか復刻してくれないものかなと思います。

さてネットも無い、バスケ雑誌も買わない私は一体どうやってNBA情報を得ていたのでしょうか?という話を次回はしてみようと思います。そこの同年代な貴方、ネタバレ懐かしコメントは次回待ちですよ!

(以下、5〜青島健太とドナ・ウィニキーの頃〜へ続く)

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