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今でこそインターネットによる検索・情報収集は当たり前の事となっていますが、日本でNBA人気が定着したあの頃は依然としてテレビというメディアの力は圧倒的でした。とにかくテレビで流れない事には話にならなかった時代です。しかし、地上波でNBAがレギュラーな露出を取るのはまだまだハードルが高過ぎたのです。要するに、テレビ局から見てNBAというコンテンツは商売になる(=スポンサーが付く)かどうかは微妙な線でした。

だからこそ、NHK-BSからNBAのテレビ露出はスタートしたのだと思います。いや、NBAだけではありません。MLB、NFL、NHL・・・アメリカのプロスポーツリーグが雪崩を打って日本へ売り込みをかけてきたのです。それがBSスポーツニュースでした。平日夜9:30からだったでしょうか?30分番組の内容は徹底してアメリカ発のスポーツ。そしてそのキャスターを'93年から勤めたのが、青島健太さんでした。

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青島さんは元々慶應大学で強打者として鳴らした野球選手で、東京六大学秋季リーグでは未だにリーグ記録の22打点をマーク。ノンプロの東芝を経てヤクルトに'84年入団、プロ野球史上20人目となる初打席初本塁打を放つ鮮烈なデビューを飾るもののその後は選手として大成する事無く'89年に引退。しかし、彼にはもう一つの才能が隠されていました。現役時代、'87年大晦日の「ビートたけしのスポーツ大将」特番に銀のマスクで現れて、たけしに「素人の体つきじゃないが誰なんだ?」とまで言わせた彼には、明るいキャラクター、明瞭な語り口、伊達に慶應大学を出ていないなと思わせる知識がありました。かくてNHKは彼をメインキャスターに起用したのです。

ところでBSスポーツニュースで何を放送していたのかというと、実のところ殆どがESPNのスポーツニュースに翻訳を付けただけでした。あの頃のビデオ録画をお持ちならお分かりでしょうが、ESPNニュースのフォーマットは今と殆ど変わりません。今ならESPNのHPで動画をチェックすれば済む話なんですが、あの時分に他の方法でESPNのニュース番組を日本で見る方法は無かったのです。

これがNHKで良かったと思うのは、余計な編集を入れていないところ。民放ならF1における近藤真彦みたいな微妙な感じのゲストが微妙なコメントをしたりしそうなところです。理由はどうあれそういう無駄が無い番組作りは結果オーライでしたね。ESPNという素材に余計なアレンジを施す事無くほぼそのまま使い、そこに青島さんの爽やかな声で、しかも元スポーツ選手の経験も挟みつつの的確かつユーモラスなトークが加わった事で、BSスポーツニュースは私のようなアメリカンスポーツファンにとってシンプルに優れた情報源となったのです。

実際私がマイケル・ジョーダン一度目の引退を知ったのもこの番組ででした。毎日の試合ダイジェストと試合結果、ニュース、インタヴュー、ハイライト集・・・我々の世代にとってこの番組は非常に重要な存在だったのです。日本時間で午前中、遅くとも昼過ぎに終わっている試合の結果を知るのが夜9時半とか、今ではなかなか有り得ない遅さに感じられるかも知れませんが、当時としては十分有難い存在でした。かなり前に紹介しました2chのレス「青島健太だけが情報源だったんだぞ!」は決して大袈裟じゃなかったんです。

NHK-BSでは当時、午後7時から1時間50分の枠でNBA・NFLの放送を1試合流していました。NFLだと年間1回は大橋巨泉の解説などという飛び道具が控えていましたが、NBA放送には日本人で唯一NBAのドラフト指名を受けたジャイアント馬場より巨大な男、岡山恭崇というある種大物な解説がありましたね。結城昭二、あんどうたかお、奥野俊一、河内俊光、北原憲彦、倉石平、島本和彦(以上敬称略)といった方々が順に解説を務めておられ、それぞれに反響を呼んでいたものでした。

そんな中、'92年には遂に地上波までがNBA番組に名乗りを挙げました。と言っても流石にフジテレビや日テレといったところが動いた訳ではありません。この種の先物買いに定評のあるテレビ東京が、日本初の地上波NBA番組を立ち上げたのです。その名も「NBAウィークリー」。キャスターにはドナ・ウィニキーという女性を起用、こちらもNBA最新試合結果&ダイジェスト、最新情報&ニュース、インタヴュー、ハイライトといった内容でした。ただ、NHKと違いこちらは専門番組。日曜午前11:30から30分丸々NBA情報というのはこれまた有り難かったです。しかも、こちらはなんとアメリカ現地での制作を行っていたのです!つまりドナさんはアメリカ在住だったんですね。この点だけでも関係者の努力に頭が下がります。インタヴューとかオリジナルで撮っていた覚えがありますね。

番組内の素材はもちろんこちらも海外のものが主体でしたが、そもそもそのオリジナルを見るチャンス自体が無かった我々日本人にとってそれはさしたる問題ではありませんでした。また、当時発売されていたNBAビデオソフトからの映像もこちらでは使われていましたね。これは推測なのですが、恐らくこの番組のスポンサーには当時日本でNBAビデオソフトを販売していたソニー・ミュージック・エンタテインメントが入っていたものと思われます。元々放送素材だった映像がビデオソフトに流用されたのか、それともビデオソフトのプロモーションの為に中身が番組に使われたのか鶏と卵どっちが先かみたいな話なんですが、どちらであれ宣伝になる事は確実でしたからね。この動画はその一例で「NBAスーパースターズ3」からのもの。これが字幕も含めてこのまんま番組内で流されていました。



なお、後日談ですが私はソニーでこのNBAビデオ販売に携わった方とお会いする機会がありましたが、残念ながら商売としては赤字だったようです。あの当時はアメリカでもソニーがNBAソフトの販売権を持っていましたからライセンスはそんなに高くは無かったんじゃないかと思いますが、やはりそこまで買い揃えるコアなファンは多く無かったのでしょう。3,800円という価格設定、そんなにボッタクリではなかったと思うのですが・・・。

とりあえず番組のメインテーマだったアポロ440(フォーフォーティーと読みます)の「アストラル・アメリカ」のビデオクリップを貼っておきます。当時を偲びたい方は是非どうぞ〜。なお、この曲自体NBAビデオソフトの「NBAスーパースターズ3」に収録されておりました。今にして思えば当時のNBAビデオソフトは当時のソニー所属アーティストかやはり多く起用されていた気がします。セリーヌ・ディオンがなぜかダン・マーリーとバスケしてたり、L.L.クールJやリセット・メセンデスとか収録されてたりしましたね。ま、ジャネット・ジャクソンとかホイットニー・ヒューストンあたりも入ってましたけど。



かくて、コンスタントなTV露出が確保出来たNBAにますますのめり込む私に、更に追い討ちをかける大キャンペーンが私を待っていたのです。

(以下、「6〜“Be the Best!NBA”」へ続く)

※参考文献

青島健太Wikipedia
NBAウィークリーWikipedia

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