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さて、バークリー、そしてベイビー・バークリーことウェザースプーンと続けざまに小兵PFの成功例を取り上げて来ました。しかしながら、やはり一般論としてPFはタッパが無いと厳しい、これもまた現実であります。バークリーやウェザースプーンのような選手達はむしろ例外なのであり、大半のケースでは6-7〜6-8ぐらいのタッパのPFが通用するのは普通NCAAまででしかありません。NBAに入れば彼らはPFでは背丈やフィジカルに乏しく、かといってSFではスピードやシュートレンジが足りずというどっちつかずで淘汰されてしまう、それが残念ながら殆どのケースでの現実です。カール・ランドリーのような成功例は、残念ながら稀なのですね。

今回はそんな失敗例の中から、比較的近年モノのサンプルを選びました。ドラフト屈指の不作年として名高い2000年組の1人たるPF、マーカス・ファイザーであります。

ダーネル・マーカス・ラマー・ファイザーは1978年8月10日、ミシガン州インクスターの出身です。高校はルイジアナ州のアルカディア高校へ進み、ここで毎度御馴染みマクドナルドオールアメリカンゲームに招待されます。そんな彼が選んだ大学はアイオワ州立大でした。ここで彼は3シーズンを過ごし、3年間平均で18.9得点7.4リバウンドというなかなかのアヴェレージを残します。しかも3年目、'99-'00シーズンにおいてはFG成功率.582に加えてそれまで得意ではなかった3ポイントまでも.357の確率で沈め、実に22.8得点ものアヴェレージを残したのです。

そんなファイザーの1年目にアイオワ州立大のHCを務めていたのがティム・フロイドでした。彼こそがファイザーの能力に注目し、ファイザーをアイオワ州立大に誘った男だったのです。マクドナルドオールアメリカンに出場した選手がアイオワ州立大に入ったのは、実はファイザーが始めての例だったのですね。



フロイド自身は「ラストダンス」を踊り終えて、マイケル・ジョーダン、ピペン、ロドマンをはじめとする主力選手の殆ど、そして名将フィル・ジャクソンが去ったブルズに招聘されてアイオワ州立大を離れ、ブルズの新HCに就任します。そのためファイザーの2年目以降はフロイドは直接拘わる事はありませんでしたが、それでもなお上記の成果を挙げたのです。ファイザーは所属するビッグ12カンファレンスにおいてオールビッグ12の1stチーム、プレイヤー・オブ・ザ・イヤー、シーズン及びトーナメントのタイトルなどを獲得。またNCAAトーナメントにおいてもチームをエリート8に牽引します。フロイドの目はここまで見る限り確かでした。スポーツイラストレイテッド誌の表紙を飾ったのもこの大学時代の事です。

人生の頂点


http://www.nbadraft.net/nba_draft_history/2000.html

そして2000年ドラフト。ケニオン・マーティン、ストロマイル・スウィフト、ダリウス・マイルズに次いでファイザーは1巡目4位でブルズの指名を受けます。そう、フロイドがHCのブルズです。自ら見出した才能がNBAでも必ず生きると、彼は信じていた事と思います。

http://web.archive.org/web/200101241034/http://nba.com/features/week_ten_rookie_001201.html

実際、彼だけがファイザーの将来性を期待していた訳じゃありません。こちらのNBA公式HPにあった記事など見て頂ければよく分かりますが、バークリーが3〜4インチ背が高かったらファイザーみたいになるんじゃね?って書かれてたりする訳です。彼の身長については6-8ないし6-9と表示されていますが、cmで言えば203cmであるようです。バークリーやウェザースプーンよりは流石に長身ですが、PFとしてはやはり小型ですね。ただ、こんな当世の原発報道@日本並みに楽観的な記事でさえ、こういう疑問を投げかけていました。「PFに新人王エルトン・ブランド、SFにロン・アーテストがいるのに何故ブルズはファイザーを指名したのか?」と。この疑問に対してファイザー自身はこう答えています。

"You're going to see. No matter what position Elton Brand plays, they have a great organization, they have a great coaching staff that's going to put the best team on the floor."

"I consider myself a basketball player. I consider myself a player that's going to do whatever it takes to win. Whatever position Coach Floyd wants me to play, or whomever my coach is going to be, I'm going to do my best to make them proud."


えーと、まあ優等生な回答ですね。でもまあ実際、カレッジ時代の恩師がそのままNBAでもHCなんて、中学から高校へ進学したら担任が同じ先生、って漫画にありがちな展開そのままです。しかもファイザーの談によるとフロイドが離れた後もアイオワ州立大は同じコーチングだったそうです。書かれている情報だけで判断する限り、NBA入りを果たす大卒新人としては申し分無い環境であるように思われました。

結局ルーキーイヤー、ファイザーは72試合中13試合に先発して9.5得点4.3リバウンド1.1アシストという成績でした。案の定ポジションの問題もあってか出場時間は伸びずに21.9分に留まり、FG成功率も.430とフォワードらしからぬ低目の数値に。NBAオールルーキー2ndチームには入りましたが、期待程の成果は得られませんでした。それでもまあ1年目、慣れていけば徐々に対応出来るかなという予測は少なくなかったと思われます。このオフにグッドウィルゲームスにてアメリカ代表の一員として出場し、金メダルを受賞していたのですから尚更の事だったでしょう。

その2年目たる'01-'02シーズン、確かにファイザーは12.3得点5.6リバウンドとスタッツ上は向上が見られたかのようでした。しかしそれは76試合中20試合に先発して25.8分と出場時間を伸ばしたという要素もありました。何しろ、この年もFG成功率は.438でしかなかったのです。しかもシーズン半ば、12/24に恩師ティム・フロイドは4勝21敗という成績の責任を負って解雇されてしまったのです。

3年目の'02-'03シーズンにはFG成功率が.465とようやく改善されたものの、このシーズンには1月末に前十字靭帯を損傷して僅か38試合しか出番がありませんでした。そして4年目、最早ファイザーについてバークリーを引き合いに出す声は絶えて無くなりました。46試合出場で16.0分、7.8得点4.4リバウンド、そしてFG成功率は僅か.383。またしても彼は左右の膝を相次いで痛め、出場機会そのものを奪われたのです。スタッツを見る限り、プレーそのものも万全とは言い難かった事でしょう。

この散々たるシーズン終了後、ファイザーはエクスパンションドラフトでボブキャッツへと移籍します。早い話が、彼はプロテクトされなかったのです。そしてボブキャッツさえも彼をチーム1年目のロスターに入れる事はありませんでした。FAでバックスに拾われて54試合に出場した'04-'05シーズンはFG成功率.455の6.2得点3.2リバウンドと相変わらず見るべきものは無く、遂にファイザーはNBAで年間契約を勝ち取ることさえ叶わなくなってしまったのです。

http://www.nba.com/dleague/playerfile/marcus_fizer/

かくて'05-'06シーズン、ファイザーはNBADLのオースティン・トロスと契約。このシーズン、3/8にシアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)と10日間契約を結んだものの出場機会無く終了。再度NBADLに舞い戻ってFG成功率.513で22.7得点7.8リバウンド3.3アシストをマーク、リーグMVPを受賞した日に今度はホーネッツと10日間契約して後にシーズン終了までの契約を勝ち取ります。結果3試合に出場し、6.7得点2.0リバウンド。これが、ファイザーにとって最後のNBAキャリアとなりました。



この後、ファイザーは大西洋を渡ります。まず'06-'07シーズンにはスペインリーグのPolaris World Murciaと1年契約を結び、またプエルトリコリーグのCapitanes de Areciboでもプレー。'07-'08シーズンにはイスラエルリーグのマッカビ・テルアヴィヴと2年契約し、ここで彼は実にFG成功率.699をマークして13.2得点、チームはユーロリーグ選手権の決勝戦まで勝ち進みました。しかしファイザーは膝の故障のため選手権の肝心なところでプレー出来ず、チームもまたCSKAモスクワに敗れ去ったのです。そしてこの故障のため、ファイザーは'08年9月に解雇。一旦11月にチームに戻るも、1月には再度解雇の憂き目を見たのです。

http://www.lostlettermen.com/whos-hot-marcus-fizer/

ファイザーの足跡で現在最後に分かっているのは'10年2月、アントワン・ウォーカーと共にプエルトリコリーグのGuaynabo Metsと契約したところまでです。facebookのアカウントを見ても現状が良く分かりません。どうやら現在はFA状態のようですが、このまま引退という可能性も低くは無いように思われます。

http://sportsillustrated.cnn.com/basketball/nba/2000/nba_draft/draftboard/players/36.html

スポーツイラストレイテッド誌のNBAドラフト時の記事(こちらではカール・マローンに喩えられていました)にもありますがファイザーの懸念材料はシュートレンジとパスの技術だったようです。結局彼のアシストはNBADL以外のカテゴリーでは成果が出ず、また彼のシュートがNBAで大きな武器となる事は無かったのも現実でした。彼のキャリアに最大のダメージを与えたのが故障である事はほぼ確実でしょうが、結果を見る限り彼の能力は残念ながらNBAでは通用しなかったのもまた事実でしょう。彼が期待された通りの成果を出したリーグはNBADL、そしてユーロの各リーグだけだったのですから。

NBAで成功出来なかったNCAAスター選手の一人として、ファイザーの名前は記憶され続ける事と思われます。本人にとっては不名誉な事でしょうし、まだ正式に現役を引退した訳では無い現状で彼が多くを語る事は無いと思われます。本当にユニフォームを脱ぐ決心がついてから、改めて彼の言を聞く事が出来れば、と思う次第です。



※本文引用以外の参考文献
Wikipedia
NBA.comよりバイオ(ウェブアーカイヴ)
NBA.comよりキャリアスタッツ(ウェブアーカイヴ)
バスケットボールリファレンス.comよりキャリアスタッツ
ユーロリーグ.netよりスタッツ
hoopshype.comよりプロフィール



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