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300万ヒット行きました。ありがとうございます。

2011年07月

ARTISAN 4 バイロン・スコット〜終わらないショータイム〜

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いや〜、迷いました。実は「新・栄光無き〜」「(´・ ω・`)ショボーン」そして当シリーズはこの4回目においてはそれぞれ物故者を扱うつもりだったんです。でも、良く考えたらそれをやるとバイアスから4人連続故人を偲ぶエントリーが続いてしまうというダウナーな感じになってしまいます。つーかその2回前もペトロヴィッチですし。

つー事で今回は当初の予定を変更し、セルティクスが2回続いたのに対抗して(?)レイカーズで行きましょう。あのショータイムバスケットボール時代を支えたガードにして、引退後はHCとしても実績を重ねつつある御方の登場です。オールドファンから近年のファンまで知名度の高い名選手/名コーチ、バイロン・スコットであります。

スコットは1961年3月28日、ユタ州オグデンに生を受けました。が、育ちはカリフォルニア州イングルウッドであります。そして高校時代にプレーしていたモーニングサイド高校はレイカーズの旧ホーム、ザ・フォーラムの近所だったんです。ある意味、既にレイカーズの申し子のようなものだったのかも知れません。高校時代、彼はマクドナルドオールアメリカンに選出と、早くもその才能の片鱗を見せていました。

http://thesundevils.cstv.com/sports/m-baskbl/mtt/scott_byron00.html

大学ではアリゾナ州立大を選んだスコットはここで3シーズンを過ごします。彼が在学した3年の間に得点アヴェレージは13.6得点→16.6得点→21.6得点と順調に伸び、しかも3年連続FG成功率は5割超。1年生時の2試合を除く全ての試合に先発した結果でした。その間、'81年3月には当時トップランクチームだったオレゴン州立大に61-81と圧勝したり、'83年にはオールアメリカン2ndチームに選出されたりといった成果を挙げています。



スコットは'83年、ドラフト4位でサンディエゴ・クリッパーズ(現ロサンゼルス・クリッパーズ)により指名されます。そして直後にノーム・ニクソンとのトレードでレイカーズへと移籍したのです。ノーム・ニクソンは当時レイカーズの先発PGでしたが、これでマジック・ジョンソンは先発PGへとスライドします。既にマジック・ジョンソンとカリーム・アブドゥル・ジャバーを中心としたレイカーズにおいて、スコットは1年目から74試合中49試合に先発し、チーム6番目のアヴェレージとなる10.6得点を挙げます。そして徐々にスコットは先発SGの座をより確かなものとし、マイケル・クーパーと共にショータイム・バスケットボールのフィニッシャー役となっていったのです。



こちらの動画の背番号4がスコット、21番がクーパーです。マジック・ジョンソンのトリッキーなノールックパスも、ボールをキッチリ受け取りゴールに叩き込む彼らの存在あってこそでした。特にマジックの加入1年目から一緒のクーパーはともかく、後から加わったスコットがアジャストするのは大変だったと思いますが、彼はレイカーズにおいてジャバー、マジック、ウォージーに続く4番目の得点源へと華麗に成長を遂げていきました。



先日もご紹介した「NBA's 100 GREATEST PLAY」のアシストランク1位に入っているこのマジック・ジョンソンのキャリア屈指のアシストもまた、スコットがフィニッシャーです。確かにマジックのパスもブリリアントなんですが、それを躊躇無く受け取り叩き込むスコットの運動能力あってのこのハイライトな訳です。今のスーツ姿からはちょっと想像つかないですかね?無論それだけでなく、基本的なシュート能力にも長けていた彼は3ポイントをも武器として得点を稼いだのです。実際'84-'85シーズンには.433で3ポイント成功率リーグトップの座を獲得しています。



スコットはショータイムバスケット時代のレイカーズを駆け抜け、'85年、そして'87・'88年の2連覇と都合3つのリングを獲得します。そしてジャバー、マジックが去っていった後もレイカーズを支えます。マジック一度目の引退寸前の'91ファイナル(ジョーダン率いるブルズに敗退)でも彼はそこにいましたし、'93プレーオフでバークリー加入効果でファイナルまで進む事となるサンズ相手に1stラウンドでアウェー2連勝を果たし、サンズを土俵際まで追い詰めた時も彼はそこにいました。



しかしこのオフ、FAになったスコットを獲得しようという球団は不思議な事に現れませんでした。レイカーズはチームの再建に入り、若手中心の起用に切り替えていったためスコットには出る幕が無かったのです。やっと彼がNBAに戻ったのはなんと12/6、レジー・ミラーのバックアップSGとしてペイサーズと契約してからでした。この新天地で彼は見事に期待された通りの仕事をこなし、チーム5位の平均得点でペイサーズのベンチに厚みをもたらしたのです。実際ペイサーズは彼の在籍2年間、いずれもカンファレンスファイナルまで勝ち進んでいます。ファイナルへ勝ち進んだニックス、そしてマジックにもしもペイサーズが勝っていたらロケッツと対戦していた訳ですが、果たしてどうなっていた事でしょうね。



この後'95オフにはエクスパンションドラフトでヴァンクーヴァー・グリズリーズ(現メンフィス・グリズリーズ)へ移籍、新設フランチャイズで1年を務めた後に解雇されると、再びレイカーズへと戻ったのです。この'96-'97シーズンは彼のキャリア唯一にして最後の1桁アヴェレージではありましたがヴェテランに相応しいリーダーシップをもたらしたのです。シャック、そして新人コービーを迎えて再び頂点を目指そうという体制を整えたレイカーズにとって、黄金時代を知るスコットの復帰はかなり良い補強でした。特に高校卒業したてのコービーにとっては良いお手本だったはずです。その頃の事をスコットが話しているインタヴューを見つけましたので、英語ヒアリング能力堪能な方は是非お聞きになってみて下さい。



このシーズンを最後に、遂にスコットはNBAを去ります。NBA史上75人目の15,000点達成、37人目の1,000試合出場など数々のマイルストーンに満ちた彼のNBAキャリアに欠けていたのは、スター多数のチーム故に選出されなかったオールスターぐらいのものでしょう。



なお、スコットはこの後ギリシアへ渡り、名門パナシナイコスと契約。何度と無くNBAで修羅場を潜り抜けて来た経験を最大に生かしてクラッチショットを沈めまくった彼は、パナシナイコスにギリシアチャンピオンの座をもたらし、今度こそ現役生活に別れを告げたのです。

そして休む間も無く彼はコーチ家業へと華麗な転身を遂げます。早速'98年からリック・エイデルマン政権になったばかりのキングスでACとして雇われると、ペリメーターのシューティングに磨きをかける事にまず成功します。

そして2000年には早くもネッツでHCに就任。初年度こそ26勝止まりと散々な成績だったものの、トレードでPGがマーブリーからキッドに代わった途端に快進撃を開始、一気に2年連続のファイナル進出という成果を得ます。なお、スコット体制で'01-'02シーズンに達成した52勝はネッツのフランチャイズ記録です。

ネッツでは4年目、'03-'04シーズン半ばに22勝20敗とやや低調なシーズンの最中に解雇されたスコットでしたが、翌'04-'05シーズンには今度はホーネッツのHCに就任。ここでも1年目こそ18勝止まりでしたがPGをバロン・デイヴィスからドラフトで獲得したクリス・ポールへと変更した2年目からチーム成績を徐々に好転させ、'07-'08シーズンにはこれまたホーネッツのフランチャイズ記録となる56勝ををマークし、激戦のウエスタンカンファレンスでカンファレンスセミファイナルまで駒を進め、スパーズと第7戦まで縺れ込む激戦を演じました。この翌シーズンもホーネッツは49勝でプレーオフ出場を果たしています。

スコットはホーネッツでも'09-'10シーズン、チームが3勝6敗と出遅れたところでまたしてもシーズン半ばの解雇となります。が、またしても間を空ける事無くキャヴスHCに就任したのが昨季の事だった訳です。またしても初年度、彼のチームは19勝に終わりました。そして今、またしてもPGをバロン・デイヴィスからカイリー・アーヴィングへと交代しようとしているのです。きっとスコットはネッツ、ホーネッツで得たのと同じような成果を、またしてもキャヴスで得られる事でしょう。レブロン時代に達成されたキャヴスのフランチャイズレコード、66勝を更新するのだけはちょっと大変かも知れませんが

※本文引用以外の参考文献
Wikipedia
NBA.comよりキャリアプロフィール(インターネットアーカイヴ使用)
バスケットボールリファレンス.comよりキャリアスタッツ
バスケットボールリファレンス.comよりヘッドコーチとしてのスタッツ



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はいはいユーロユーロ

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☆最近のハイライト
ローレンス・フランク、4年契約で正式にピストンズHCに就任
元ピストンズのロドニー・ホワイト、マリファナで逮捕

相変わらずユーロ情報続発ですねぇ。最近纏めてなかったのでぱっと見で雑にまとめてみましょう。

エイシー・ロウ、セルビアのパルチザンと1年50万ドルで契約(ロックアウト終了時の契約解除条項無し)
デュラント「海外でのプレーの確率は50/50」
クリス・ポールとカーメロ「中国行こっかな〜(チラッ)」
コービー、トルコのBesiktasと交渉へ

ああ、中国って言ってるヒトもいましたか。新幹線乗らない方が良いですよ

これらのニュースに加え、FIBAが現在NBAチーム契約下にある選手であっても、ロックアウト終了時の契約解除条項さえあればNBA外のチームとの契約を許可する、というニュースが入ってきました。デロン・ウィリアムズ以外のNBA組海外脱出は実のところFA選手だったのでNBA以外のチームと契約しても問題無かったのですが、これで現在NBAの契約継続中の選手もデロン式の海外退避契約が可能となります。

ま、正直ポールやカーメロ、デュラントみたいに「ユーロ行こっかな〜(チラッ)」「中国行こっかな〜(チラッ)」みたいなのは観測気球みたいなもんでスルーして良いでしょう。つーか、この状況では誰しもユーロやら中国やら考えてる訳でして、そんなんでいちいちニュースにすんなよって感じですけどね。ESPNはじめ、NBA担当記者達のネタ不足が偲ばれます。


http://espn.go.com/nba/story/_/id/6810413/nba-union-first-collective-bargaining-talks-monday-sources-said


とりあえず、ロックアウト突入後初めて選手会とNBAの交渉が再開されるというニュースも飛び込んできました。ユーロや中国にNBA組が溢れ返る平行世界みたいな光景も見てみたい気はしますが、まあぼちぼち互いの妥協点を見出して欲しいもんです。

P.S.
http://espn.go.com/nba/story/_/id/6793510/nba-overseas-player-movement

アメリカ外で契約を固めた選手の纏めです。このリストだと12人、上記のロウを加えれば13人がここまでNBA外チームと契約した事になりますね。ほう、レブロンはアメリカ脱出に全く興味無しですか。



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ドワイト、今夏もヒューストンへ

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http://www.orlandosentinel.com/sports/orlando-magic/os-orlando-magic-dwight-howard-0729-20110728,0,4497479.story

おっしゃおっしゃ、流石ドワイト。今年もやると信じてましたよ。

昨夏ヒューストンへ飛び、師匠ユーイングのライヴァルたるオラジュワンに教えを乞うたドワイト。「外す事を恐れず打て」というオラジュワンの教えの結果一気にシュートレンジを広げ、キャリアハイの22.9得点をマークした訳ですが、慢心する事無く今夏もまたオラジュワンの元で更に完成された選手を目指すようです。うむ、この弛まぬ向上心こそドワイトの美点ですな。

なお、今回力を注いでいるのは本人曰く「フリースロー」だそうで、目標は成功率75%だそうです。うむ、それはオラジュワンじゃなくても教えられそうな気もしますが、まあドワイトのFTはもう技術より精神的な問題である気もするので、オラジュワンがそのあたりアドヴァイスしてくれれば変わるような気もします。

これらの事をドワイトは自らのツウィッターアカウントで公開しました。そして、あるフォロワーに「更なるシュートとFT成功率向上は、MVP獲得とオーランドをチャンピオンシップに導くのにドワイトに足りないものだ」と言われたドワイトは「今年は(MVPとチャンピオンシップは)僕のものさ」と力強く言い切ってくれました。うむ、その意気や実に良し。

チーム構成どうすんのとか、その前にロックアウトは解決すんのかとか色々悩みはあるでしょうが、とりあえずそれはさておき自らの研鑽を重ねる、実に正しい姿勢です。彼の努力が来季こそ花開き、この発言が来季終了後に「あの時ドワイトが言った通りになりましたね」という文脈で取り上げられる事を願いましょう。



ドワイト ハワード NBAカード 2004/05 SP Authentic Fabrics Rookie / Dwight Howard
ドワイト ハワード NBAカード 2004/05 SP Authentic Fabrics Rookie / Dwight Howard
ドワイト ハワード NBAカード 2005/06 UD Trilogy the Cutting Edge / Dwight Howard
ドワイト ハワード NBAカード 2005/06 UD Trilogy the Cutting Edge / Dwight Howard
ドワイト ハワード NBAカード 2004/05 SP Signature Scripted in Time 10枚限定!(02/10) / Dwight Howard
ドワイト ハワード NBAカード 2004/05 SP Signature Scripted in Time 10枚限定!(02/10) / Dwight Howard

金が無いのは首が無いのと一緒

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エントリータイトルは西原理恵子さんの名言中の名言ですね。いや本当にそうでして、資本主義の世の中ではお金稼げないとどうにもこうにもブルドッグであります。世の中銭やで銭!ってのは、まあある程度真実です。

なでしこジャパンの活躍でやっと光が当たったなでしこリーグの大変さはニュース番組等でも取り上げられていた通りです。澤選手所属のチームたるINAC神戸のユニフォームに入ってるスポンサーの会社の名前ご存知でした?私は知りませんでした。あれだけ見ても、今までスポンサー集めに苦労してたんだろうなと感じさせます。

神戸以外のチームはもっと大変です。伊賀の元強豪、フットボールクラブくの一なんかスポンサーのお金をもらいに行く人が無給のボランティアでしたよ(T_T)良いチーム名なのに大変だなあと。あと、どこだったか失念しましたがスポンサーが床屋さんで、スポンサーマネーは現金じゃなく散髪代等が半額になるだけなんてのも泣けました。そうですよね、女の子だもんね。

てな訳でお金が無いのは大変なんですなんて話を書くと、てっきり昨日から続いてロックアウトの話だとお思いでしょうが、違うんだなこれが。皆さん、ちょっと本屋さん行って確認して欲しい事があります。発売になったばかりのDUNK SHOOT誌とHOOP誌を見比べてみて下さい。何か気付いた事はありませんか?まあ先月のH誌最終ページをご覧になっていればご存知ですよね。今月号から、H誌はサイズが変わってA4変判からA4へと小さくなってしまいました。お値段?変わりませんよ。

確か先月号には大震災の影響で紙の確保が大変であると説明がありました。しかし、私はこれはシンプルに経費節減の一環と見ています。実は私、かなりH誌の台所事情は厳しいのではないかと常々思っていました。

特に最近気になっていたのが、最近連載記事をバッサリ切った事。コラムの集合ページはページことなくなりましたよね。あと、鈴木千絵さんの味のある連載が遂に終了してしまったのも実に残念です。あと、少し前ですが杣友さんのマンガが終わったのも残念でした(´・ω・`)まあこれは編集長交代による方針変更なだけかもですが。

それと、これまた気のせいかも知れませんがH誌は編集者自ら書かれている記事が増えてませんか?先月号のファイナルレポートなんか殆ど柴田さんって方がお書きになってました。かなり充実した記事内容だったところからして相当実力のある編集者だなと感じましたけど、こういった流れって要するにライターさんに支払う原稿料も節約してるんでは?とか思っちゃうんです。

定期購読キャンペーンもやってましたよね、HOOPさん。個人的にはあの特典キーホルダーは欲しい気もしますが、ああいうキャンペーンを誌面で打つ雑誌って結構しんどい状況なはずです。雑誌の廃刊が割と珍しく無い昨今、H誌だってそうならない保証は無いのですよ。もしもH誌がなくなったら、日本にNBA専門誌はDUNK SHOOT1誌だけになってしまうんです。只でさえNBAバブル期の頃からNBA雑誌は減る一方なのに、専門誌が1冊しか無いって「溶接技術」とかの世界じゃないんですから。NBAの人気どんだけ落ちてんの、って感じです。


そらあかんで。


ただでさえ盛り上がりビミョーな状況が続いてるNBAです。NHKとフジテレビの「すぽると」以外は地上波での露出は無いに等しく、ヤフーのトップに情報が出ていたらミラクル、というのが日本におけるNBA人気の現状な訳ですが、ここでNBA専門誌に終わられるのはイメージ的にもモノスゴクマズいです。

なでしこリーグを見るまでもなく、お金の行かないスポーツの状況は大変です。社会人スポーツだって会社の経営状況が厳しくなってスポーツどころじゃなくなれば廃部とか当たり前田のクラッカーな昨今ですからね。

それはそのスポーツそのものだけに限りません。その周辺、例えばNBAで言えばグッズを取り扱うショップなんかもそうですね。ああいうところも買ってくれるお客さんがいなければどんどん厳しくなっていきます。ワールドスポーツプラザだってすっかりバスケコーナー縮小しちゃいましたよね、ってかチェーンごとABCマート傘下に入っちゃった上にガンガン閉店してますよね。心斎橋店と渋谷店愛用してたのになあ頑張れセレクション、頑張れPLAYERS・・・あれPLAYERSなんかおかしくね?・・・ああ、もうバスケショップじゃなくなってたんですか

NBAのグッズなんかNBAストアとかイーストベイ直輸入でええがな、ってお思いかも知れませんが、それってクレジットカード持てるようにならないと利用出来ませんからねぇ。こういう店が減っていくのもあまり良い傾向とは言えません。

スカパーやWOWOWのNBA放送もそうです。あれだってお客さんが加入してくれなきゃ儲かりませんから止めますよ。紙媒体だって同じ事です、売れなきゃ廃刊ですよ。まあ油断してると売れてても広告入らなくなって廃刊、ってケースもあるんですけどね(´・ω・`)

お金に余裕の無い学生時分はしょうがありませんし、大人になったらなったでローンとか養育費とか色々あってこれまた大変です。大変ですけど、皆々が出来る範囲で応援していきましょうよ。我々の楽しみNBAを応援する為にも、ここはHOOP誌に何とか堪えて欲しいもんですしね。とりあえずスタッツ分析のページは相変わらずナイスですんで、あのページをもっと押し立ててみてはどうでしょ?ともあれDUNK SHOOT共々、頑張って下さいませませ〜。




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敢えて選手会擁護論

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さて、終わりませんねえ。まあ始まったばかりだから当たり前かも知れませんが、ロックアウトは今のところ再交渉のスケジュールさえ決まっていないので当然ながら状況変わらずであります。我々NBAファンは愚痴をこぼす他無く、「ロックアウトオワンネ」的なブログやらツウィートやらを書かざるを得なくなってます。とりあえず選手の間では何故かトルコ行きが流行っているようですな。ルートコ通いじゃー(O村)。

前々から申し上げているように、選手のルートコ通いも「中国行くかも」「いやいやユーロかなー」といった発言も基本的には語尾に「チラッ」を付けて読むのが正解です。ロックアウト時に契約を解除出来る条項の無い選手は別ですが、少なくともNBAスターターから6thマンぐらいのステイタスまでの選手なら解除条項を付けずに契約はしないでしょう。数年前のジョッシュ・チルドレスみたくユーロで腰を据えてやるなら別ですが。

私はこの程度の事でNBA&オーナーが折れるとは思いません。スター選手達が本当に退路を絶ち、解除条項無しで続々ユーロなり中国なり行き始めると言うならば彼らも焦るかも知れませんが、現状ではリーグ生き残りのボーダーラインにいる選手達がそうしているだけで、スター選手達は「チラッ」付きで契約・交渉しているのがせいぜいでしょう。そんなおもちゃ屋の前でヤダヤダ言って泣いてる子供みたいな体たらくで経営陣が折れる訳がありません。

しかも、例の高速鉄道事故とその処理に纏わる酷い対応(日本の原発対応共々、これで東アジアのイメージがた落ちですね・・・)で中国という選択肢はかなり選び難いものになったはずです。あの事故、少なくとも1人の米国人も巻き込まれてますからね。

結局のところストライキと違い、強行手段に出ているのが選手会側でなくNBA&オーナー達である以上、彼らは今回の要求をそう簡単には引き下げないと思います。選手側がどれだけ折れるかにかかってしまう訳です。

ただ、私は今回のロックアウトに関しては、割と選手会側寄りのスタンスなんです。以下、その理由を述べます。

1.つっても選手だって労働者

選手達、特にスター選手達の稼ぎは確かに凄いです。凄いですが、彼らは別にその収入を60才まで維持出来る訳ではありません。良くて35才ぐらいまで、早ければ30代突入前後で高収入生活は終わります。彼らの人生プランは決してバラ色とは限らないのです。


あちこちで子供を大量生産してしまって養育費貧乏になったとかなら只の自業自得ですが、まあ選手だって老後が不安だから色々副業を構えたりする訳です。しかしながら、女癖が悪いとかでなくても、例えばランディー・ブラウンなんかブルズで獲得した優勝リングを売りに出すぐらい困窮してる訳です。

副業だって上手く行くとは限りません。解説者の道はスターター級か、特定チームで特に人気だった選手とかでないとなかなか難しいです。コーチ職は適性がありますから選手としての実績に関係無く行けますが、これまたAC含めて座席数に限りがありますからね。

プロスポーツ選手皆に言える事ですが、まあ要するにプロのキャリアを終えてからが大変なんですよね。その為には稼げる時に稼ぎたい、そう思うのはまあ当たり前です。

2.本当にリーグ&チームは苦しいのか?

私、昔の会社で労働組合の仕事をやってました。労働組合つっても「万国ノ労働者ヨ団結セヨ」みたいなハードな感じではなく、労使協調路線全開な至って穏健な組合でしたね。そんな軟派組合でも、1年に1回は春闘みたいな賃金交渉があるんですよ。

こちら、組合側は同業他社の交渉結果なんかを情報として持っていきす。で、会社側は社長以下経営陣が揃って、部門毎の状況とか利益率とか、最終的な売上見込とかといったデータをちゃんと開示してくれるんですね。で、その上で交渉を行う訳です。まあ大概会社から提示される賃金上昇率はいくら交渉しても変わらないもんなんですが(泣)、少なくともちゃんと経営上のデータを開示してくるのは筋が通っていました。

これは実は先にやっと労使交渉が決着したNFLもそうなんですが、今回リーグ・チーム側についてはどうもそういう、チーム経営に関してのデータ開示に疑問が残ります。ぶっちゃけ言えば、東電みたいに数字誤魔化してない?って事です。

電力会社が常々言う、「発電の1/3は原子力」ってのが大ウソなのは最近やっと分かってきた事ですが、会社たるものはあんな風に、利益の為にウソを平気でつきます。経営者たるもの、利益を出せなければ皇潤の経営陣みたいにまとめてクビですからね、クビ。今この時を凌ぐ為に粉飾決算なんてよくある話です。うちもそれで経営陣がほぼ総とっかえされたなあ・・・(遠い目)。

http://eye-on-basketball.blogs.cbssports.com/mcc/blogs/entry/22748484/30690039

粉飾決算?


こちらはNBAの総収入(revenue)と支出(expense)の簡単な図表です。・・・これ、不自然過ぎません?「other expense」なる謎の数値が以上に大きいんですよね。で、それがガンガン減っていくという不自然極まりないこのグラフを見せられて、「ほら、だからNBAは経営が苦しいんだよ〜」って言われてもちょっと待て、ちゃんと説明しろと言いたくなるのが筋です。

http://www.cbssports.com/nba/story/15317168/nba-losses-justify-player-pay-cuts-open-the-books-and-show-us

ロックアウトに関するチーム側への追及に関してはCBSが結構独走してまして、こちらでもNBAは何故財務諸表を公開しないのか、と厳しく迫っています。そう、赤字だ赤字だと言ってる割に公開しないんですよ。・・・怪しいと思いません?

労使交渉を行った経験者としては、NBAおよびオーナー側にはもっと明確な数値の伴うデータを公開し、こうこうこういう理由で赤字なので給料カットさせて欲しい、というのをクリアに説明して欲しいですね。現状ではそのあたりを適当にあやふやにした状態で説明しているようにしか見えません。労働者の給料を減らすってんなら、それなりにちゃんと根拠を示せという話です。会社で働いてる皆さん、「経営しんどいんで明日から給料2/3ね。断ったら会社に入れてあげないゾ♪」っていきなり言われて平気ですか?って事ですよ。

選手側の妥協はどの道避けられないとは思いますが、チーム側ももうちょっと誠意ある交渉姿勢を見せろよナー、という話でした。




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ドワイト、まあ茶飲めや( ゚Д゚)つ旦(後編)

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前編より続く)

http://blogs.orlandosentinel.com/sports_magic/2011/07/dwight-howard-wanted-more-say-in-december-trades.html

ドワイトの発言の内容、それは要するに婉曲なフロント批判みたいなものです。昨季半ばにマジックが踏み切ったあの大型トレードについて、彼はこんな事を言い出したのです。

“I wanted to be more part of the process a little more.”

・・・どうやらあのトレードのプロセスに自分の意見をもっと聞いて欲しかったみたいなんです。更に彼は続けます。

“I didn't really have a chance to be involved, but I think with the guys that we brought in we still have an excellent chance of winning, but we all have to be on the same page. I do miss a lot of the guys we traded.”

あのトレード前のメンバーでもチャンピオンシップを勝てるチャンスはあった、トレード放出した多くの面々がいないのを凄く寂しく思う・・・いやいやドワイトさん、ちょっと待った。確かに前の面子であのまま戦って立て直せた可能性は否定しませんよ。でもあんた、少し前にアリーナスをもっと使うべきだったって言ったばかりじゃないですか。

この発言の後で、ドワイトはゴタートの事を言ってるんですよね。うん、彼はどの道サラリー的にあれでも割とリーズナブルな先発センターになるのが分かってましたし、彼の移籍で案の定マジックには控えセンターがいなくなりましたからね。その点に関してはドワイトの愚痴は分かります。

ただ、ドワイトがチーム補強に口を挟んで果たして良くなるの?という疑問もある訳です。だって'10年オフにクリス・ポールはまだしもブーザーをリクエストしていたって話ですよ。ブーザーは優れたPFですし彼の加入で実際ブルズが浮上したのは確かですが、一方で相変わらずの怪我の多さとポストシーズンでの存在感の薄さを見せつけてしまったのもまた事実です。

アリーナスについてのコメントもそうですが、ドワイトの選手を見る目は、私にはあまり確かな気はしません。チームの現状に危機感を持つのはむしろ良い事なんですが、ここのところの発言はちょっと空回り感が溢れてるように思えます。とりあえずオフシーズンの行事とか仕事とかが一段落したら今年もオラジュワンのとこでも行って、頭を冷やしてドリームシェイクをモノにする努力をしてみてはどうかなーと思いますね。ま、焦りは分かりますが落ち着けドワイト、って感じです。

余談ですが、オラジュワンもかつてロケッツの状況に不満を持って一度はトレードを志願しながら結局残留し、あの2連覇を達成したという経歴の持ち主です。そういう意味でもドワイトの良い相談相手になれるんじゃ無いかと思いますよ。




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ドワイト、まあ茶飲めや( ゚Д゚)つ旦(前編)

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☆最近のハイライト
ヤオミン、正式に引退発表
デロン、正式にトルコ行き確定(ロックアウト時限定)
トルコ、更にコービーとも接触
シャラポアのフィアンセでお馴染みヴヤチッチも1年+オプション1年でトルコのAnadolu Efesと契約
ピストンズ、若き智将ローレンス・フランクをHCに

さて、どうも昔話ばかり書いてますね。まあ「栄光無き〜」系のシリーズはそもそもネタの少ないオフシーズン用企画として考案したものなので、そこは予定通りではありますが。何しろロックアウトとなると例年今時分に盛り上がるFA話も進みません。ユーロ話を別にすれば来季に向けて盛り上がる要素もありませんがな、って感じです。



選手達の動向と言えば案の定チャリティーゲーム、ピックアップゲームの類いぐらいなもんです。とりあえずSLAM誌はフィリピンでコービーがデリック・ローズへとアリウープパスを通す様を伝えてますが、おいおいフィリピンまで来て日本スルーですかと思わなくもありません。やっぱ放射性物質怖いんでしょうか(´・ω・`)レディー・ガガみたいな奇特な人はやはり例外的なんですかねえ。まあフジロックとかサマーソニックとかで日本来る人達もいますが。



確認してみたところボブキャッツのキャンプでの映像みたいですが、只今48才のマイケル・ジョーダンが割と軽々とダンクを決める動画も入ってきています。おお、これならNBAマスターリーグ行けるで!

・・・案外ニュース無い事も無いやんとお思いかも知れませんが、大分ニュース溜めてますからねこれ。全体としてニュース不足なのは否めません。ヤオミンの正式引退あたりでもう一度エントリー書き直すのも、って感じですしね。彼については「新・栄光無き〜」ででもいずれ取り上げる事になるでしょう。

さて、そんな中でマジック情報は?実はあるんですよ。ネタ切れオーランド・センチネル紙は相変わらず紙面埋めみたいな記事が散見されますが、まあたまには選手の声ぐらいは拾ってくれます。

ロックアウト真っ盛りで職員のリストラを勧めるチームもある中、マジックは今のところ金持ちオーナーが踏ん張ってるのか労働者達の雇用はキープされてます。せいぜいマスコットの中の人の交代が報じられたぐらいですかね。

しかし、そんなマジックに最近、ドワイトが色々言っています。アリーナスをもっと使うべきだったというビックリ発言が出たのがちょっと前。そして今度はあのトレードについて発言し出したのです。

(後編へ続く)




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新・栄光無き天才たち 4 レジー・ルイス〜セルティクスもう一つの悲劇〜

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死んじまったらおしまいじゃねぇか!

特に最近そう思うのは、私が所謂無信教に近しいスタンスだからでしょうか。それなりに年を取ったからでしょうか。それとも東日本大震災での生と死のドラマをあまりにも頻繁に目の当たりにしてしまったからでしょうか。それでもまだ、戦争を体験していないだけこの日本における我々の世代はまだ運が良いのかも知れませんが・・・。

生死観は人それぞれですが、とりあえず死んでしまえば人間は活動を停止し、やりたい事も出来なくなってしまいます。生まれ変わりとかあるかどうか分からないものにすがるのは危険です。どんなハンデを背負ったとしても、今この人生でベストを尽くさないと始まらないんです。

ただ、仕事に没頭したり、何かに夢中になったりするのは良い事ですが、度が過ぎればそれは時にあなたの命を縮めます。何事も程々にして、駆け足の人生よりも多少細くとも長い人生を私は望みたいですね。そりゃあ太くて長いのが最高なんですが。

前置きが長くなりました。今回取り上げるのは(´・ω・`)ショボーン列伝の3で取り上げたレン・バイアスに続いてセルティクス史上に残る悲運の名選手となってしまった男、レジー・ルイスであります。

ルイスはバイアスよりほぼ2年遅れた1965年11月21日生まれ。そして驚く無かれ、彼もまたメリーランド州出身です。但しルイスの場合はバルティモアの生まれでした。ルイスが進学した東バルティモアのダンバー高校は、彼のバスケット選手としてのキャリアの原点となります。

http://www.slamonline.com/online/college-hs/high-school/2007/09/dunbar-high-brick-house/

マグジー・ボーグス、レジー・ウィリアムズ、デヴィッド・ウィンゲート、そしてルイスと後のNBA選手を4人も擁するダンバー高は圧倒的な強さを見せました。'81-'82シーズン29勝0敗、そして'82-'83シーズン31勝0敗。それがルイス在籍時のダンバー高のシーズン成績だったのです。このチームは史上最高の高校チームの一つとして未だに語り草となっています。



http://www.sports-reference.com/cbb/players/l/lewisre01.html

バイアスと異なり、彼は大学でメリーランド州を出ます。進学した先はボストンのノースイースタン大でした。ここで彼は平均22.2得点をマークし、総得点数(2,708点)でも大学歴代No.1となります。言うまでも無く彼の背番号は永久欠番となりました。そして大学をキッチリ卒業してから、彼はNBAへと向かったのです。バイアスの悲劇から1年後、'87年のドラフト1巡目、22位。当時の1巡目としては下から2番目という順位で彼はセルティクス入りを果たしたのです。

ルイスがセルティクス入りを果たした時、まだセルティクスはバード、マクヘイル、パリッシュによるBIG3体制が健在でした。K.C.ジョーンズHCが新人をあまり使わないという事もあって出場時間も決して長くない中で、それでも時として出番が長くなればルイスは2桁得点をキッチリ稼いでみせたのです。またBIG3から若い彼が得るものは決して少なくありませんでした。

その効果が、2年目から早くも現れます。HCが交代し、バードが6試合しか出場出来なかったこのシーズン、ルイスは81試合中57試合に先発してFG成功率.486で18.5得点4.7リバウンド2.7アシスト1.5スティールを稼ぎ、一躍チームの中心に踊り出たのです。プレーオフでは1stラウンドでピストンズにスウィープ負けを食らったものの、バードが戻った'89-'90シーズンもルイスは79試合中54試合に先発、エインジを追い出して先発SGの座をほぼ手中にしました。FG成功率も.496と更に向上させてバード、マクヘイルに続く17.0得点を挙げ、完全に主力選手の座を固めます。もっとも、この時もプレーオフでは1stラウンドでニックスに敗退します。

名PG、デニス・ジョンソンが去ってブライアン・ショーに代わった'90-'91シーズンには18.7得点5.2リバウンドでチーム2位の得点源となり、今度は1stラウンドを突破、またもピストンズに2勝4敗で敗退。そしてバード最後のシーズンとなった'91-'92シーズンにはルイスは遂に20.8得点でチームの得点王となり、オーランドでのオールスターにも初選出されたのです。そしてプレーオフ、1stラウンドでペイサーズに勝った次の相手はキャヴスでした。その時のインタヴュー動画がありましたのでどうぞ。



セルティクス対キャヴスの激戦は第7戦まで縺れましたが、最後はマーク・プライス、ナンス、ドアティーを擁したキャヴスに凱歌が上がります。とは言えバードが引退し、マクヘイルとパリッシュも年齢による衰えが隠せなくなってきたチームにおいて、ルイスは完全にフランチャイズのセンターピースとなったのです。ドラフト22位指名選手としては申し分の無い大出世ですね。セルティクスはあのバイアスの悪夢を振り切り、次代を担う選手を得たかに思われたのです。

そして運命の'92-'93シーズン。バードを継ぐ新キャプテンに選ばれたルイスは80試合全てに先発して20.8得点4.3リバウンド3.7アシスト1.5スティール。しかし、問題は彼以外の選手でして、得点2位のゼイビア・マクダニエルは13.5得点。35才のマクヘイルと39才のパリッシュの衰えはいよいよ深刻なものになっていました。それでもルイスの尽力でチームは48勝を挙げます。ルイス加入以来セルティクスは57勝→42勝→52勝→51勝と推移していました。バードが引退し、BIG3の残り2人が衰えていたこの状況で48勝はむしろ賞賛に値します。そしてプレーオフ、第4シードで臨んだ1stラウンドで対戦した相手こそが新進気鋭のシャーロット・ホーネッツでありました。

第1戦はモーニングとギルに30得点を許したものの、3Qに引き離したセルティクスがまず1勝を挙げます。しかし、この試合でルイスは僅か13分の出場に留まり、17得点しか挙げていません。このゲーム、ルイスは試合開始早々に10点を稼ぎました。そして試合開始6分ほど経過した時、彼は突然前のめりに倒れるとベンチへ下がります。ベンチで休んだ後再び出場するも1分後に再び眩暈を覚えたルイスは前半の出場をここで終えました。チームドクターの診察を受けた後、再びルイスは後半開始早々に2本のシュートを決めるも再び眩暈に襲われ、ベンチに下がったのです。ルイスにとっては不本意極まりなかっただろうこのゲームが彼にとって最後の試合となってしまったのです。



この後、キャプテンを失ったセルティクスは第2戦を98-99と接戦で落とし、第3戦も89-119と惨敗。そして第4戦、このモーニングのクラッチショットと共にセルティクスは1stラウンドに沈んだのであります。

一方のルイスは4/30にニューイングランド・バプティスト病院で診察を受け、一旦帰宅するも精密検査のため緊急入院。心臓の異常の疑いが出てきたのを受け、セルティクスはボストンの心臓専門医13名を集めます。「ドリームチーム」と言われたこの医師団は「限局性心筋症による不整脈」という結論を下します。彼らは5/2、セルティクスのチームドクターを通じてルイスに引退を勧めたのです。

しかし、唐突に引退を告げられたルイスはこれに反発、数時間後に制止を振り切ってブリガム&ウィメンズ病院へ強引に転院してしまいます。そしてチームドクターがドリームチームの診察の詳細をテレビのインタヴューで明らかにした事で、ルイス側は更に態度を硬化させてしまいました。試合中にルイスを何度か試合に戻した事、そしてこの医師のルイスへのコミュニケーションミスはセルティクスへの非難を呼びました。

そしてブリガム&ウィメンズ病院は5/10に、ルイスを「心臓神経症」であると発表、ルイスの現役続行を許可したのです。一度は引退と言われたルイスの喜びは言うまでもありませんでしたが、結論ありきの診断だったのでは?というように傍目には見えてしまいます。ドリームチームとブリガム&ウィメンズ病院の医師との討論という話も持ち上がりましたが、セルティクス側はこれを結局断ります。法的な責任を避けたセルティクスのこの判断もまた、ルイスにとって命取りでした。

とはいえルイスも流石にブリガム&ウィメンズ病院による、あまりにも好都合過ぎる診察結果をそのまま信用するのもどうかと思ったのでしょう。6/21にはセカンドならぬサードオピニオンを求めてロサンゼルスにて4人の心臓専門医の診察を受けます。が、結局明確な結論は出ませんでした。悩んだルイスですが、そもそも現役続行への思いがあってこの転院を強行したのですからその判断を変える訳もありません。結局ブリガム&ウィメンズ病院の指導の元、復帰への準備を行いました。

そして7/27、午後4時15分。ルイスは親戚と共にセルティクスの練習場、ブランダイス大学の体育館で軽いシュート練習を始めます。しかし、5時過ぎにルイスは倒れました。たまたま隣のコートにいた救急医療士の指導の下まずブランダイス大学の警察官達が、追って到着した救急隊員が蘇生処置を行ったものの反応は無く、遂にはブランダイス大学長(後のマサチューセッツ総合病院長)までも駆けつけますが、状況は同じでした。

その後ウォルサム・ウェストン病院に運ばれたルイスでしたが、医師のあらゆる努力も実る事はありませんでした。かくて午後8時30分、既にルイスが倒れた事を知って報道陣もかけつけていた病院で、ルイスの妻の要請により医師による蘇生処置は終わりました。ここに、セルティクスはチームキャプテンにしてチームのエースたる偉大な選手を永遠に失ってしまったのです。享年27才の若さでした。

なお、ルイスの死後その死因がコカインによるものであるという記事がウォール・ストリート・ジャーナル紙に掲載されています。しかしこの件については証言なども錯綜しており、疑うに足る材料は少ないと思います。ルイスの生命保険会社がウォール・ストリート・ジャーナル紙に手を回して書かせた記事という説もありますが、個人的にはバイアスの死因から同じ可能性を連想して書かれた記事なんじゃないの?という気もしないではありません。その後ルイスの妻はブリガム&ウィメンズ病院側と法廷で争う事となりますが、個人的には「だったら最初にドリームチームの話をもっと冷静に聞いていれば・・・」という感を持たずにはいられません。

ともあれ、このルイスの死と共にセルティクスは一挙に暗黒時代に突入してしまいます。働き盛りのエースを失ったセルティクスはこの後一気にドアマット化し、8シーズンの間に1度も勝ち越せず、プレーオフも1回しか出場出来なくなります。特にマジックに1stラウンドで敗れて伝統あるボストン・ガーデンを後にしてから、'95-'96シーズン以降は実に6年の長きに渡ってポストシーズンと縁が無くなってしまうのです。これは栄光あるセルティクスの歴史において最長の屈辱でありました。

ポール・ピアースが2000年の9月25日、ロサンゼルスで暴漢に襲われて瀕死の重症を負った際、セルティクスファンの頭をよぎったのは間違い無くバイアス、ルイスの悲劇であったでしょう。またしてもチームの未来を担うフォワードが不測の事態で散ってしまうのか・・・そう思うのは当然です。しかし現場で一緒だったトニー・バティの迅速かつ適切な対応、そして僅か3日で退院したピアース自身の驚異の回復力でもって彼は'00-'01シーズンフル出場を果たします。そして翌シーズン、ピアースの活躍で遂にセルティクスはプレーオフに戻ったのです。バイアス、ルイスと続いたセルティクスの悲劇の連鎖が断ち切られた瞬間でした。

ルイスの背番号35は現在、セルティクスの永久欠番となっています。セルティクスで優勝せずに永久欠番となった選手は彼以外に1人しかいません。彼と背番号が1つしか違わないピアースのファイナルMVPの姿に、ルイスの魂がいくらかでも救われた事を願って止みません。





※本文引用以外の参考文献
Wikipedia
Fallen Celtic: Remembering Reggie Lewis
TIME誌より「Did Reggie Lewis Have to Die?」
バルティモア・サン紙より「Remembering Reggie Lewis」
バスケットボールリファレンス.comよりキャリアスタッツ

※ルイス入院の状況について週刊医学界新聞の連載、「市場原理に揺れるアメリカ医療 番外編 スター選手の死(マサチューセッツ総合病院内分泌部門、ハーバード大学医学部助教授 李 啓充)」を特に参考にしました。



Mitchell&Ness(ミッチェル&ネス) フィッテッドキャップ“BOSTON CELTICS”HEATHERED LOGO GREY
Mitchell&Ness(ミッチェル&ネス) フィッテッドキャップ“BOSTON CELTICS”HEATHERED LOGO GREY

真のシグニチャームーヴ(後編)

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前編より続く)

という事で続きです。今回は前編で紹介したランキングに登場しなかった選手・ムーヴについて、概ね年代順に取り上げていきましょう。

ビル・ラッセル:ブロックショットの鬼



NBA初のと言って良い黒人スーパースターにして、唯一の11個優勝リング持ちという偉大なセンターです。同世代最大のライヴァルだったチェンバレンのような派手なスタッツこそありませんでしたが、ラッセルには卓越したブロック技術がありました。しかも、ラッセルが恐ろしいのは単に力任せにブロックするのではなく、ブロックしたボールが味方ボールになるように計算してブロックしていたという事実です。そんな事まで考えてブロックしていた選手なんて他にご存知ですか?初めてブロックショットを武器にした男は、いきなり史上最強のショットブロッカーだったという事です。

ウィルト・チェンバレン:全てが規格外のスーパーセンター



1試合100点、シーズン平均50.4得点、FG成功率72.7%、シーズン平均48.5分出場などなどNBA史に不朽の記録を数多く残した名選手なので皆さんご存知でしょうが、実はNBA史上唯一のリバウンド王とアシスト王を同時に達成した選手でもあります。いいですか、リバウンドとアシストですよ。言うまでも無くNBA史上最長身のアシスト王であります。

またキャリアを通じてオフェンス志向の選手でありディフェンスへの評価は低かったのですが、ディフェンスを重視するHCの元でプレーするとオールディフェンシブ1stチームに選出されています。アシスト王になった時もそうでしたが、HCの戦術にあわせて何でも出来たという意味では真のオールラウンダーだった訳です。多少文句言いながらもHCの戦術に即したプレーをやってた素直さもちょっとビックリですね。

エルジン・ベイラー:元祖スカイマスター



ジュリアス・アーヴィングやジョーダンの源流は間違い無くこの選手です。今日では当たり前の高く飛ぶスウィングマンの元祖は彼なのですよ。圧倒的なジャンプ力と多才なムーヴで、ビッグマンありきだったNBAの潮流を今日のSG・SF隆盛の流れへと大きく変えた先駆者であります。あまり映像が残ってない事だけが悔やまれるところですが。

ジェリー・ウエスト:至高のクラッチシューター



ご存知NBAロゴのモデル。やり手GMのイメージの方が近年では強いですが、プレーヤーとしてはジョーダンと同じく最強のクラッチプレーヤーとして知られました。この動画1:00あたりで出てくるハーフコートショットは実は'70年のファイナル第3戦で負け越しシュートを食らった直後に放った同点ブザービーターであります。あれは彼の数々決めてきたクラッチシュートの究極形なのですよ。

また'69年のファイナルから始まったファイナルMVPの初代受賞者でもありますが、この時彼の所属するレイカーズは敗れています。彼は史上唯一のファイナル敗退チームからの受賞者となったのです。NBAのロゴに採用された理由、お分かり頂けましたか?

ウォルト・フレイジャー:スティールキング



泥棒ヒゲが印象的なこの選手はラッセルとは違う方向でディフェンスを極めております。スティール、です。見てお分かりのようにハヴリチェックやウエストなど、当時のトップスター相手にあっさりスティールを奪う様は正に職人芸であり、7年連続オースディフェンシヴ1stチーム選出も納得の結果でありました。おしゃれ番長としても有名ですが、ニックス史上たった2回の優勝をもたらした功績は彼によるところが大きいのです。

オスカー・ロバートソン:Mr.トリプルダブル



NBA史上最高の選手は誰か、という論議が出る際に絶対に外せない名前の1人がこの人、ロバートソンです。何しろNBA空前絶後のシーズントリプルダブルを達成した至高のオールラウンダーですからね。SF級の体格にガードのスピードとクイックネスを兼ね備え、信じ難いシュート能力の高さとコートヴィジョン、そしてパスセンスまでも兼ね備えた究極超人はNBAで彼以外に1人しか達成していない得点王&アシスト王同時達成、史上6回しか無い30得点10アシスト超のアヴェレージを5回達成、ガード唯一の平均2桁リバウンドを3年連続で達成・・・最早別次元です。

背の低い選手がガード、というそれまでの固定観念を覆した初の選手という意味ではマジック・ジョンソンの先輩とも言えます。オールラウンダーという意味ではグラント・ヒルやレブロンのプロトタイプと言えましょう。更に付け足すならば、ヘッドフェイクやフェイダウェージャンパーなどの普及にも貢献した選手でもあります。

リック・バリー:アンダースロー



「スラムダンク」で花道がやっていたアンダースローのFTですが、恐らくは彼が元ネタです。そもそも1940年代以前はこっちがFTの打ち方としては一般的でしたが、それを久々に甦らせたのが彼、バリーでした。ブレント、ジョン、ドリューと次々NBAに登場したバリー兄弟の父親です。

本来は外角シュートを中心に多彩なスキルとクイックネスを武器とした長身選手であり、凄まじい闘争心の持ち主でもありますが、そういった本来の持ち味とのギャップを感じずにはいられないこのフォームもまた、立派なシグニチャームーヴであると思います。なお、学生時代には既にこのフォームをモノにしていたバリーのNBA・ABAを通じてのキャリアFT成功率は89.3%でした。

ネイト・アーチボルド:小さな巨人



ロバートソンと並ぶ、得点王とアシスト王を同時に達成した選手はこの人です。背丈僅か6-1という小兵選手ながら、卓越したペネトレーション能力を惜しみ無く発揮してビッグマン溢れるインサイドへガンガン切り込み、ファウルを誘って得点を稼ぎつつ正確なパスも繰り出してみせるというちょっと凄い選手です。キャリア晩年にはセルティクスでアシストにより注力して、リングも獲得しています。私はアイヴァーソンやマーブリーには、こういう選手になって欲しかったとです・・・。

マジック・ジョンソン:ノールックパスの完成者



ま、この人について今更あまり解説は不要かもしれませんが、ノールックパスにフェイクを加えたりレッグスルーまで組み合わせたりというところまで持って行ったのはこの人です。こうして見ても、色々と別次元ですな。

オールラウンダーとしても実力があり、ロバートソンに次ぐ歴代2位のトリプルダブル達成を誇ります。だいたい新人の年に、ファイナルで故障したカリームの代わりに先発Cで出場してファイナルMVPですからね。ファイナルでのミスでクラッチ能力を疑われた時期もありましたが、カリームから学んだフックショット、「ベイビーフック」で最終的に払拭出来ました。キャリア終盤にはFT成功率を上げるなど、修練を欠かさない努力家でもあったのです。

ラリー・バード:ザ・レジェンド



マジックと違ってPGではありませんでしたが、このライヴァル2人は結構似たところがあります。バードもまた抜きん出たオールラウンダーであり、マジックほど手が凝んていなかったものの秀逸なノールックパスを得意としていました。ライヴァルであるが故に互いにインスパイアしあった結果でもあったのかな、と思います。

しかし、バードの一番の持ち味と言えばやはりクラッチ能力。見ての通り、彼の勝負強さもまたNBA史上屈指のものでした。上の動画でも出てきますが有名な'86年の3ポイントコンテスト、最後の1球が入る前に既に勝利を確信して指を立てていたのを見れば分かるように、自信に満ち溢れていました。その能力は数々のクラッチショットで顕著ですが、一方でチームの窮地を救うスティールもありました。



これが「THE STEAL」と称される名プレーです。'87プレーオフでピストンズに追い詰められたところで飛び出したこのプレーはアイザイア・トーマスのやや迂闊なパスを見逃さなかったバードの見事なスティールでした。

バードがマジックと違ったのは、アスリート能力には著しく欠けていたところです。それを補ったのは彼の高いスキル、マジック同様プロ入り後も絶やさなかった技術向上への努力、ルーズボールにも躊躇無く飛び込むガッツ溢れる姿勢、そして沈着冷静なプレースタイルからはちょっと考えられない激しいトラッシュトークと闘志だったと言えます。

ドミニク・ウィルキンス:武器としてのダンク



「栄光無き〜」でも一度取り上げましたが、この人が凄いスラムダンカーであったことは何となく皆さんご存知だったと思うんですけど、ここまでと知ってました?ディフェンスを蹴散らして叩き込むスラムダンクは正に対戦相手にとって脅威そのものだったと思います。そして決してダンクだけの選手でも無かった訳です。初代ドリームチーム未選出、NBA50周年時の50人に未選出など過小評価に喘ぐ彼ですが、皆さん是非この勇姿を目に焼き付けておいて下さい。

マイケル・ジョーダン:神いわゆるゴッド



突き詰めてしまえば、我々の世代はジョーダンを見てしまったからなかなかその後満足出来ないのでしょう。セナ後のF1みたいなもんですね。

ジョーダンって要するに、最初からシグニチャームーヴを複数持ってました。驚異的なジャンプ力から魅せるスラムダンクの数々、前編で見て頂いた空中でのダブルクラッチ・トリプルクラッチからの得点、そして大学時代に既に確立していたクラッチプレイヤーとしての資質。そりゃ人気と実力を兼ね備えもしますわ。

シャキール・オニール:「物理」




「俺がダンクすれば相手が吹き飛ぶのは当然。物理さ」これはマジック在籍時にシャックがインタヴューで言い放った言葉です。実際そうだから困ります。見ての通りシャックはルーキーイヤーに公式戦で2つのリムを破壊しているのです。チェンバレン同様、シャックもまた圧倒的なセンターでした。ま、流石に皆さんの記憶にも新しいと思いますが。

ヴィンス・カーター:史上最高のダンカー



ジョーダン後、ダンクでのインパクトでジョーダンを越えた選手はカーター1人だと思います。実際ラプターズ時代のカーターは疑いも無くNBAのトップスターでしたよね。今のところ、現役選手で最もインパクトの強いシグニチャームーヴを持つ男は依然として彼でしょう。流石に全盛期の勢いは失っていますが、体のつくりから違うなと思わずにはいられない体のバネとジャンプ力は依然として健在です。来季どこのユニフォームを着るのか分かりませんが、もう一花咲かせて欲しいもんです。

・・・以上、どえらく長くなりましたがこれでも掻い摘んでのご紹介です。他にも紹介するべき選手は正直いるだろうなーと思います。とりあえず、前編含めてこれだけ見てみて、今のNBAはどうですか?ドワイトは凄いショットブロッカーですけどラッセルほどの凄みはありません。レブロン&ウェイドやカーメロ、デュラントは皆素晴らしい選手で異論はありませんが、遠い将来まで名を残せるかというと私はまだ疑問です。スター選手は十分いますが、スーパーが付くほどのインパクトを後世に残せるかはむしろこれからにかかっていると思うんです。まあ先程名前を挙げた面々はドミニクやカーターよりは選手としては大成出来そうな気配はありますが。



ダンク、という一点で言えばブレイク・グリフィンは既にNBAにセンセーションを巻き起こしていますね。チームとしての結果が伴えば、彼は大いに可能性があると思います。そのためにはダンクだけではないオールラウンドな才能をより発揮して欲しいと期待しています。

「昔は良かった、それに比べて今時の若いもんは」などと古今東西で使い古されてきた言葉を使うつもりはありません。今時の若いもんだって、これだけ見習うべき偉大な先輩達がいるんです。ドワイトがユーイングやオラジュワンから学んでいるように、先達のスキルを学んでどんどんプレーに磨きをかけ、後世に名を残すレジェンド選手が再びリアルタイムで現れる事を願います。




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真のシグニチャームーヴ(前編)

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※当エントリーは毎度お馴染み、tkさんのNBAちゃんぷる〜より「現役選手のアイコンって誰なんだろう」をご覧になってから閲覧をお願い致します。

このパターン、確か2回目ですな(^_^;)

皆さんはもうご覧になられましたよね。今のNBAで皆が「●●の様になりたい!」って思う選手は一体誰なんだろう?という問いかけから始まったtkさんの考察、相変わらずの鋭さですね。うむ、確かに当世のNBAにはスターはいるんですが、一見さんにも分かるようなスターとなると微妙な気がします。バスケに詳しく無い人間の心も掴むようなムーヴって、そうそうあるもんじゃありませんね。

じゅあ、どんなムーヴならええねんと近年NBAファンになった世代は疑問に思う事でしょう。そりゃそうです。レブロンの気迫溢れるダンク、ウェイドのスピーディーな動きからの得点、どこからでも点を取りに行けるデュラントのスキル、クリス・ポールやロンドの華麗なアシスト、ドワイトの豪快なインサイドプレーの数々・・・どこが不満やねんと言われそうです。

えーとですね、別に不満では無いんですよ。ただ、おっさん世代的には物足りないだけなんですよね、もう一押し。もっとやれるだろと思う訳です。なんて言うと「懐古廚乙」「おじいさん、もう20世紀は終わったでしょ〜」などと言われてしまいそうですね。

しかし、幸いな事に今は動画を簡単に見てもらえる時代。そしてNBAは歴史がまだまだ浅いスポーツと来ています。我々がリアルタイムに見てきたモノも含めて、古の巨人達の足跡を今時のNBAファンにもその目で確認してもらえるという訳です。

てな訳で、今回はtkさんのエントリーの補講的なノリで、まずは古今の「シグニチャームーヴ」って奴を見て頂き、それを踏まえた上で今のスターに足りないものが何なのかを考えていきましょう。ガラケーユーザーには大変ですが頑張ってついてきて下さいね。まあ私もそうなんですが(´・ω・`)スマートフォンが欲しいとですたい。

さて、まず最初に見て頂きたいのは私が何度かその前を挙げてきたNBA映像商品のスタンダード、「NBA's 100 GREATEST PLAYS」です。NBAの素晴らしいプレーばかりをダンク、アシスト、クラッチなどジャンル別にトップ10カウントダウンで収めたこの「NBA版吉本100連発」とでも言うべき作品には「MOVE」という項目が存在するのです。つー訳で、早速ご覧頂きましょう。



ご覧になられましたでしょうか?では、順を追って説明していきます。場合によっては補足動画も足していきましょう。

10位:ボブ・クージー



あれ、AND1ミックステープってこんな大昔からあったの?と一瞬思ってしまいそうなこの映像には、AND1どころかナイキさえ映ってはいません。「ハードウッド(コートの意)上のフーディーニ(実在した魔術師の名前)」と称されたこの選手はそれだけ圧倒的な先駆者でありました。NBAにおいて初めてトリッキーなプレースタイルを持ち込んだ彼こそが、マラヴィッチやマジック・ジョンソン、ジェイソン・ウィリアムズの源流です。パスに得点にと敵も味方も驚かせるフリースタイル振りは今日でも余裕で通用しそうです。そして、それを'50年代時点で既に身に付けていたという事実・・・真に尊敬に値します。元祖シグニチャームーヴ所持者と意って良いんじゃないでしょうか。

9位:マイケル・ジョーダン

出ました、ジョーダン伝説の初ファイナルでのダブルクラッチ。本当はそのままダンクして良かったんじゃね?という気も若干しますが、でもまあこの方が盛り上がるやろ?って事でひとつ。

8位:カリーム・アブドゥル・ジャバー



マジック・ジョンソンも「最も美しいショット」と絶賛するNBA史に残るショット、それがスカイフックです。大学時代、あまりにカリームが圧倒的過ぎるのでNCAAがダンクを禁止してみたところ、こんな必殺技を編み出されてしまったという話ですな。何しろ殆どの選手の頭上から放たれるショットなので、ブロックに行けばゴールテンディングになってしまいます。私が知る限り、スカイフックをブロックしていたのはレジェンド、ウィルト・チェンバレンぐらいのものです。このショットをクラッチタイムに沈める事で、カリームはビッグマンでは貴重なクラッチプレーヤーとなりました。最近は「レイカーズはマジックの銅像は作ったくせに俺の銅像は作ってくれない」などとちっちゃい事を仰ってますが、NBA通算得点1位は伊達ではないって事ですね。

7位:ハキーム・オラジュワン

出ましたドリームシェイク。見ての通り、ライヴァルたるデヴィッド・ロビンソンをも完全に翻弄するこのムーヴでオラジュワンは2連覇を達成しました。マイケル・ジョーダンに「彼は7フッターのSFだ」と言わしめ、ファイナルで負けたためかシャックもまた彼を高く評価しています。ドワイトがこの必殺ムーヴを完全マスターする日が来る事を願っておりますw

6位:ピート・マラヴィッチ



クージーを次ぐ魔術師、それが“ピストル”ピート・マラヴィッチでした。少年時代に既にビトウィーン・ザ・レッグや背面でのドリブル、ノールックパスを自らのものとしていたこの選手はNCAAでは3,667得点、平均44.2得点を挙げています。このNCAA記録は3ポイントルールが制定されていればもっと伸びていたという恐ろしさです。

NBAでもその独創的なムーヴは圧倒的な存在感を放ちました。僅か10シーズンのキャリアに終わった彼ですが、正に記録より記憶に残る選手でありました。ジェイソン・ウィリアムズがNBAに登場した時には既に彼はこの世にいませんでしたが、Jウィルがマラヴィッチの再来と言われたのはそういう背景がある訳です。当時「PISTOL PETE IS ALIVE」というサインボードが踊ったのも記憶に新しいところであります。

5位:アイザイア・トーマス



最近はすっかりニックスでの悪役が板につきましたが、彼も現役時代はピストンズでバリバリの・・・あ、やっぱり悪役だったわw

まあベイビーフェイスではありませんでしたが、彼の最大の武器は片足を引き摺ってでも止まらない得点能力、そして何よりこの異常なまでのボールキープ能力でした。それを裏打ちしたのが極めて優れたドリブル能力です。このドリブルを超える選手、私はちょっと近年見かけません。悪役だとしても、少なくとも彼の選手としての功績はもっと評価されて良いと思います。

4位:ティム・ハーダウェイ



キラー・クロスオーヴァー。この必殺ドリブルをもって、ティムは'90年代屈指のオフェンシヴPGとして君臨しました。来るのが分かっていても防げないそのムーヴは正にマッチアップする選手にとって脅威そのものだったと言えます。RUN-TMCでの華々しい活躍の後には膝の怪我でシーズンを全休しましたが、それを乗り越えててヒートで復活した苦労人でもありました。アイヴァーソンのクロスオーヴァーは彼を継ぐものだったと言って良いでしょう。

3位:ジョージ・ガーヴィン



アイスマンことジョージ・ガーヴィンは提督ロビンソン到着前のスパーズを支えた偉大な選手です。チェンバレン、ジョーダン、アイヴァーソンと並ぶ4回以上のNBA得点王という記録を持つ彼はABAからNBAへチームごと移籍しましたが、その間一貫して冷静なプレースタイルと圧倒的な得点能力で君臨し続けました。その得点能力を支えたのが、芸術の域に達していたフィンガーロールです。ランキングに入る寸前のところでもいくつか見られますが、この切れ味鋭いフィンガーロールはちょっとお目にかかれませんね。てか、フィンガーロールという技を継ぐ選手が今いましたっけ状態な気がします。

2位:マイケル・ジョーダン

またジョーダン?仕方無いでしょ、トリプルクラッチですよこれ。そりゃあアナウンサーも急に声が変わりもしますわ。8位同様、これもまた彼のジャンプ能力あってこそのプレーです。

1位:ジュリアス・アーヴィング



そのジョーダンがリスペクトした存在こそが、ジュリアス・アーヴィングです。ABAとNBAの両方でスーパースターとなった“Dr.J”はダンクを芸術の域に高めた存在として知られますが、同時に高い運動能力をベースとした独創的なムーヴを次々と繰り出す選手でもあったのです。このランク1位になったムーヴは特に「ベースラインムーヴ」として特に有名で、空中でジャバーのブロックをかわす為にバックボード裏からボールを回してレイアップを決めるという前例の無いプレーだったのです。このプレーに代表される数々のムーヴ、そしてフリースローラインからのダンクなど、彼のクリエイティヴなプレーの数々は、やがてジョーダンが継ぐ事となっていくのです。

案の定、このランキング紹介だけでかなりの長さになってしまいました。次回はこのランクで紹介出来なかった選手、シグニチャームーヴを紹介して行こうと思います。

(以下、後編へ)



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この文を書きたる者
ペニー
六伍壱 ◆MAGICcvM2E
昔の名前はセントトーマスこと 「NBA MAGICAL INSIDE」 (現在更新停止)管理人、 2chマジックスレ は最近はご無沙汰。シャック&ペニー時代からマジックを追っかける'90s世代NBAファンです。耳寄り情報・ご要望・リクエスト・リンク希望・ツッコミetcはmagicalinside651@gmail.comまでドゾー。twitterにもおりますので「六伍壱」で検索してみて下さい。
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