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300万ヒット行きました。ありがとうございます。

栄光無き天才たち

栄光無き天才たち11 トレイシー・マクグレディー&スティーヴ・フランシス(T-MACニックス→ピストンズ編、そして2人の今・・・編)

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ここからはもう昨季以降の話になりますね。昨日の事のようですが、T-MACに関しては当ブログの記事を引用しつつ参ります。

T-MACの'09-'10シーズンは完全にヤオミンを欠く事が確定していました。このシーズンに入るにあたり、T-MACはラプターズでのルーキーイヤー以来決して変える事の無かった背番号1をレイカーズから移籍したばかりのアリーザに譲り、自らの背番号を3としたのです。これは彼が遂にチームの主役の座を降りる事を宣言したのかな、と当時思った覚えがあります。

確かに彼は主役の座を譲る他に選択肢はありませんでした。何しろ、またしても故障で出遅れ、開幕に間に合わなかったのです。彼がやっとコートに立てたのは12/15のピストンズ戦で、そこから何故か6試合に出場を果たします。しかしながらこの出場は平均7分強程度のものであり、長期契約最終年を迎えてキャップ空けに便利な彼を他球団にトレードで売り込むためのものではないか、という噂もありました

T-MAC謀反か!?(2009年12月28日)

そんな起用を繰り返すロケッツ、そしてエイデルマンHCに対してT-MACは出場時間を伸ばす事を要求しましたが、エイデルマンHCがこれを拒否した結果、T-MACはヒューストンの自宅に帰ってしまいました。そして、遂にロケッツが動きます。

とりあえずT-MAC←→ケヴィン・マーティン(2010年02月18日)

この時点で一旦T-MACとケヴィン・マーティンのトレードが固まり、キングスへの移籍確定かと思われました。

T-MAC、ニューヨークへ/アマレ、残留(2010年02月19日)

しかし、ここにニックスが絡み三角トレードが成立、T-MACは一転ニックスへと向かう事と成ったのです。

http://sports.yahoo.com/nba/news?slug=ys-nba_trade_deadline_2010

ニックス←マクグレディー、ロドリゲス
ロケッツ←マーティン、ジョーダン・ヒル、ジェフリーズ、アームストロング、'11年1巡目指名権、'12年1巡目指名権(プロテクトあり)
キングス←ランドリー、ドーシー、ヒューズ


復活のT-MAC(2010年02月21日)

そして背番号3のまま向かったNYCで、T-MACは2/20、サンダー相手にFG10/17、26得点4リバウンド5アシストという鮮烈なリスタートを切ったのです。その後も2度の20点越え、7度の10点台をマークしたT-MACはニックスで9.4得点3.7リバウンド3.9アシストというスタッツをマーク。全盛期からは無論程遠いながらも、復活の兆しは見えました。

T-MACデトロイトへ/ラシード引退確定か(2010年08月11日)


http://www.basketball-reference.com/players/m/mcgratr01/gamelog/2011/

そして今季、T-MACはピストンズと最低保証額で契約。正直契約が決まるのも8/11とやや遅目という状況でしたが、本日(現地4/2)現在で8.2得点3.6リバウンド3.6アシストをマーク。しかも、リップ・ハミルトンがトレード材料として使われそうなため先発どころかローテーションからも外されたのと入れ替わるかのように先発に昇格、PG役を務めて今季複数回の2桁アシストをマークしています。マジックにおけるタコルーの感じにちょっと似てますかね?得点自体は減少しているものの、FG成功率は.436と全盛期の数字に戻りつつあります。かつてマジックで共にプレーしたグラント・ヒルの現在のように運動能力だけに立脚しないプレースタイルを開拓していけば、彼のキャリアはまだまだ続く可能性はあると思います。

http://www.slamonline.com/online/the-magazine/features/2010/08/wheres-the-love/

さて、一方のフランシスです。何度か紹介したこのSLAM誌インタヴューが行われた時点で、フランシスはバスケットボールそのものから遠ざかっていました。年齢的にはまだやれるのでは?と思わなくもありませんが、彼がNBAを離れるまでの状況を思い起こせば、彼の現役復帰が現実的で無い事は残念ながら想像に難くない事でした。

http://www.miamiherald.com/2010/07/28/v-fullstory/1749323/dolphins-ronnie-brown-eager-to.html

そんな彼を再びバスケットコートへと誘った原動力は、恐らくはヒートのBIG3形成だったのでしょう。ペニー・ハーダウェー、マーブリーに続き、彼がジェイ・ウィリアムズ共々ヒートでの現役復帰を願ったのは、言うまでも無くヒートのPGが手薄だと思われたからです。しかしながら、ここで名の挙がった全員が全員、実際には候補になったかどうかも怪しいのが正直なところでしょう。

http://offthedribble.blogs.nytimes.com/2010/11/24/iverson-and-francis-testing-overseas-markets/

しかし、最早フランシスの現役復帰への思いは止まりませんでした。そして遂に彼はマーブリーに続き、中国でのプレーを決断します。'10年11月に中国CBAに所属する北京ダックスと契約を決めたのです。2年契約で1年目が80万ドル、2年目がチームオプションで15%アップの年俸という契約内容でしたから上々の内容でしょう。

中国というロケーションを選んだ決断は、彼にとって最適であるかと思われました。何しろロケッツでのヤオミンの元パートナーとして、元々フランシスは彼の地では絶大な人気を持っていたのです。彼の現役復帰を受け入れる場所としては申し分無かったと言えます。

http://blogs.wsj.com/chinarealtime/2010/12/21/iced-out-ex-nba-star-francis-makes-beijing-debut/

そしてフランシスは、僅か17秒ではありますが遂にNBAでのプレー以来となるプロリーグでの試合出場を果たしたのです。彼の再デビュー画像はこちらこちら等で確認出来ます。こちらだと13枚ほど画像が確認出来ますね。・・・面白いデザインのピンストライプですな。

復活の日1
復活の日2


http://www.niubball.com/2010/12/steve-francis-and-beijing-part-ways/
http://offthedribble.blogs.nytimes.com/2010/12/29/francis-strange-china-trip-ends/
http://sports.yahoo.com/nba/blog/ball_dont_lie/post/Steve-Francis-has-been-cut-from-his-Chinese-team?urn=nba-300842

しかしながら、フランシスの現役復帰はCBAでさえも上手く行きませんでした。チームに帯同する事13日間、6試合で合計14分の出場時間で0.5得点0.7リバウンドと全く存在感の無いスタッツに加えて、12/26の試合でHCによってDNPどころかインアクティヴ扱いされた事に腹を立ててハーフタイム中にチームを離れた事が決定打となり、彼はカットされたのです。



彼のコンディションが全く整っていない事は、残念ながら明らかでした。ダックスとすればネームヴァリューもあって高い契約金を出した彼の出場時間を伸ばしたいのは言うまでも無い訳で、それでもなお出番が無かったという事は、要は使いたくても使えないとHCが判断した訳です。上記の微かな出場時間も、恐らくはせめてものコーチとしてのギリギリの判断だったのでは無いでしょうか。

私は正直、フランシスが中国CBAのレヴェルを侮っていたのではないかと思うんです。NBAならいざ知らず、中国のリーグなぞ自分の元々の実力を考えればかつてのように思うがままにプレー出来る、と考えたのではないかと。それはあながち間違いでも無く、実際アリーナスと銃問題で揉めたクリッテントン、ドワイトと高校時代からの友人であるランドルフ・モリスなんかはCBAでは大活躍しているようです。え、スタッツ?CBA公式HPが中国語しか無いのであまりよく分かりませんが。

NBAでは殆どベンチに座っていたクリッテントンやモリスのような選手でさえ大活躍出来るリーグで、しかもチーム側はプレーさせたいだろうに出場時間さえ得られない・・・残念ですが、フランシスに最早その実力が残されていない事は明らかでした。あるいは真剣にコンディショニングに務めていればもう少しはプレー出来たのかも知れませんが、彼には残念ながら自分の現状を受け入れる謙虚さも無かったのです。その意味においては、腐らずプレーしているマーブリーの方が上なのかも知れませんね。

かくて、フランシスの現役復帰への道はほぼこれで終わってしまったと言えるでしょう。彼本来の兄貴肌振りを思えばコーチングも向いていなくはないかと思いましたが、このCBAでの状況を考えるとオファーを出してくるチームはNCAA含め難しいのではないでしょうか。彼が表舞台に立つには再び、ほとぼりを冷ますだけの時間が恐らくは必要となるのでしょう。

全盛期程の輝きを失いつつも未だNBAのコートに立ち続けるT-MAC、遂に海外リーグでも通用しなくなってしまったフランシス。このシリーズを始めた頃には、まさか2人の明暗がここまでくっきり分かれてしまうとは正直思いもしませんでした。ピストンズ自体が揉めていて大変ですがT-MACが引き続きNBAで長くプレーし続ける事、そしてフランシスがいつか今までと違う形ででも表舞台に登場して我々を喜ばせてくれる日が来る事を願って止みません。

長きに渡って続いた「栄光無き天才たち」シリーズ、当エントリーをもって一区切りとしたいと思います。新企画にも引き続きご期待下さいませ!




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・・・ここからは、皆様の記憶にも新しいところでしょう。当ブログの過去記事も引用しながら纏めます。'08-'09シーズンはフランシス、T-MAC両者にとってあまりに過酷なシーズンでした。

http://blogs.chron.com/nba/2008/12/so_long_steve_hello_again_dike.html

まずはフランシス。プレーヤーズオプションを行使してロケッツ残留を選んだフランシスは開幕前のキャンプへ向けて15ポンド体を絞って臨んだものの、右膝の回復が思わしくなく、結局開幕には間に合いませんでした。チーム練習にも数回しか参加出来ず、アウェーでの試合にも「気分がすぐれない」と殆どチームに帯同すらしない。ホームでの「We want Steve!」という観客のコールにも拘わらず、エイデルマンHCに出たくないと言う・・・最早、ロケッツはフランシスにポジティヴな要素を見出せなかったのです。

当ブログより「辛辣にして残酷なトレード」
当ブログより「フランシスの件 続報(または訂正)」

親友モーブリーが引退を発表してから2週間も経たないうち、フランシスにあまりにも非情なトレードが行われました。

http://sports.espn.go.com/nba/news/story?id=3792265

グリズリーズ←フランシス、'09年2巡目指名権(元々グリズリーズのもの)、フランシスの今季契約残り260万ドルの未払い分
ロケッツ←'11年2巡目指名権


当時、私が書いた文章を再掲します。

「さて、フランシスがNBAキャリアを始めたのはロケッツだと思われがちなんですが、正確には違います。彼は元々'99年のドラフトでグリズリーズ(当時は@ヴァンクーヴァーでした)に1巡目2位指名されたものの、カナダでのプレーを拒否し、グリズリーズは止むを得ずフランシスをロケッツにトレードした経緯があったのです。

フランシスは今回、NBAキャリアにおける原点の原点たるチームに行く事になった訳です。しかもロケッツ以上にPGとスコアリングガードが多いチームに。M.コンリーJr.、K.ロウリー、O.J.マヨ、そしてQ.ロスまで揃っているチームでフランシスの出番を期待するのは難し過ぎます。こんな残酷な話もなかなかありませんね。グリズリーズフロントはかつて入団を拒んだ2位指名選手を飼い殺すつもりなのでしょうか。」

この文章に更に付け加えるなら、そもそもドラフト指名されながら入団を拒否した球団へトレードされる、という点こそが真の肝だったと思うのです。ドラフト指名当時はヴァンクーヴァーであり、このトレード時にはメンフィスへフランチャイズが移っていたとはいえ、よりにもよってグリズリーズへのトレードという事自体がもうフランシスに対する処刑宣告のようなものですね。

http://sports.espn.go.com/nba/news/story?id=3864959

そしてトレードから約一ヵ月後、グリズリーズは結局フランシスを解雇します。まだ31才と若いフランシスの事、また回復すればNBAに戻れると私も当時信じていましたし、恐らくは本人もそう考えていたのではないでしょうか。しかし、このグリズリーズでの解雇を持ってフランシスのNBAキャリアは完全に幕を閉じてしまったのです。その後、彼にNBA復帰のチャンスを与えるチームはもうありませんでした。そしてフランシス自身も、積極的にカムバックを試みるような事は無かったのです。

http://sports.espn.go.com/nba/news/story?id=3384799

一方のT-MACにもまた、残酷な運命が待ち受けていました。'08年5月には左肩と左膝の手術を受けていたT-MACはシーズン開幕からロケッツを率います。このシーズンからロン・アーテストを加え、ヤオミンも遂に復活したロケッツはこの前のシーズンに結成即優勝を飾ったセルティクスに対抗するかのようにBIG3体制を形成。遂にロケッツがウエストを再び牛耳る時が来るかに思われました。

http://www.basketball-reference.com/players/m/mcgratr01/gamelog/2009/

しかし、T-MACは徐々に調子を落としていきます。開幕当初は30点ゲームもあったというのに、シュートがまるで入らない夜が増えていきました。彼の体が完治していない事は、最早誰の目にも明らかだったのです。それでも出場を強行し続けたT-MACでしたが、'09年2月9日のバックス戦でFG1/9の3得点3リバウンド5アシストに終わったのを最後に、遂にDNPとなります。

http://sports.espn.go.com/nba/news/story?id=3928531

そして2月18日、遂に彼は自らのHPにて左膝の手術を行い、'08-'09シーズン残りを欠場すると発表したのです。チームにその決断を伝える前にHPでの発表を行った事をエイデルマンHCに批判されつつも、彼はシカゴで2月24日、マイクロフラクチャー手術を敢行しました(マイクロフラクチャー手術についてはエア~ボールさんの解説がお勧めです)。アマレ、キッドといった成功例がある一方でペニーやウェバーのように、以前のプレーを取り戻せなかった選手もいるこの手術に、しかしT-MACは賭けたのです。

さて、T-MAC不在のロケッツはそれでも頑張りました。53勝39敗でサウスウエストディヴィジョンを2位で通過したロケッツは、1stラウンドでブレーザーズと対戦します。ホームコートアドヴァンテージはブレーザーズ側にありましたが、ロケッツはまず初戦を108-81と圧勝し、1勝1敗でホームへ戻ると2度に渡る接戦を制して3勝1敗と一気に王手。再びアウェーの第5戦を落としつつも、第6戦で92-76と圧勝し、遂に'97年以来となる1stラウンド突破を達成したのです。・・・T-MAC不在のままで。

プレーオフのロスターには彼の名前があったので、これでT-MACは遂にキャリア初のプレーオフ1stラウンド突破となった訳ですが、本人にとっては全く嬉しく無かった事は想像に難く無いでしょう。実際ヤオミンはこの時T-MACに、「Sorry,T-MAC」と伝えたという話が残っています。

ロケッツはこの勢いを駆ってカンファレンスセミファイナルにてレイカーズと対戦。なんと初戦を100-92で取って世間を驚かせました。その後連敗を喫した上にヤオミンまでも戦線離脱するという厳し過ぎる戦況にあってなお2勝2敗、3勝3敗とレイカーズに迫ったロケッツの健闘は大いに称えられるべきでしょう。ただ、T-MACがその快進撃を複雑な思いで見ていた事だけは確実だと思います。無論、「自分がそこにいれば・・・」という思いもあったと信じますが。

しかし、T-MACにとってこのシーズン最大の皮肉は、彼がかつて見限ったマジックのファイナル進出だったかも知れないと思うのです。ドワイトの成長を待てずに出て行ったオーランドで、しかしドワイトは確実にスーパースターへの道を歩んでいきました。そしてT-MACがかつて渇望してやまなかった、NBA最強のセンターへと登り詰めつつあったのです。しかも、ヤオミンと違い健康を保ちながら。彼がかつて最も輝いた古巣チームが、ファイナルでレイカーズと戦う姿を見てT-MACはどう思ったのでしょうか。何しろファイナルの舞台には、ネルソンの故障に伴い急遽トレードでロケッツからマジックへ移籍したアルストンまでいたのですから。

フランシスのNBAキャリアは終わりを告げ、T-MACも手術後の経過待ち。彼らの古巣たるマジックとロケッツがプレーオフでそれぞれ成果を上げている中、かつて両フランチャイズの絶対的なエースとして君臨していた2人のスーパーガードは、昔日の栄光からは考えられない程のどん底に沈んでいたのです。

(以下、T-MACニックス→ピストンズ編、そして2人の今・・・へ続く)

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'07-'08のシーズン、ヒューストン。本来トレードでロケッツを離れた男と、そのトレードでロケッツに来た男が同じチームに来るという不思議な、しかしまあNBAには割と珍しくない光景がそこにありました。T-MACとフランシス、ヤオミンと組んでいたスーパーガードがロケッツに集まる・・・それは本来ならドリームチームの誕生のはずでした。PGとSG、そしてCにオールスター選手を擁するチーム・・・普通に考えたら完全にダイナスティー完成のはずでした。

しかし、このシーズン主に先発PGを務めたのは背番号3のハイフライヤーではありませんでした。82試合中74試合の先発がアルストン、5試合がボビー・ジャクソン。フランシスが先発出場を果たしたのは彼が出場した10試合のうち3試合に過ぎなかったのです。いったい、フランシスに何があったのでしょうか。

このシーズン、ロケッツはPGだらけでした。上記の面々に加えマイク・ジェームズ、新人のアーロン・ブルックスまでいたのです。当時SLAM誌のブルックスへのインタヴュー記事でもPGばかりだと取り上げられた程でありました。

http://www.slamonline.com/online/the-magazine/features/2010/08/wheres-the-love/

このシーズンの事を、後にフランシスは上記SLAM誌のインタヴューでこう語っています。

“They(注:ロケッツ) ain't start me [and] that rubbed me the wrong way, I'm playing behind a guy that wasn't drafted―Skip To My Lou. You can't put a three-time All-Star on your bench. So [I decided] if I'm getting x-amount of dollars, I'ma fall back and just get my money for my kids.”

ロケッツが自分を先発させなかったのは誤りだった、ドラフトもされてないアルストンなんかを先発させて3度のオールスターたる自分をベンチに置くなんて・・・彼の発言内容はスター選手としてのプライドに満ち溢れています。しかし、彼の発言にはやはりバイアスがかかっていると言わざるをえません。現実はもっとフランシスにとって残酷だったのですから。

このシーズン前のキャンプ、上記の如く人数の溢れ返ったPGの中で、フランシスはアルストンはおろか誰にも勝てなかったのです。怪我が彼から持ち前の運動能力を奪い去ってしまったのでした。かくてフランシスはエイデルマンHCの信頼を失い、シーズン本番を待たずしてローテーションから外されてしまいます。

そんな彼の窮地に手を差し出したのはT-MACでした。彼がエイデルマンHCにフランシスの起用を進言したという記事が当時掲載されていました。その結果が彼の10試合出場だった訳です。しかし、その10試合で彼が残したスタッツは平均19.9分の出場でFG成功率.333、5.5得点2.3リバウンド3.0アシストという、かつての輝きを完全に失ったものでしかありませんでした。

http://sports.espn.go.com/nba/news/story?id=3235647

結局、12/15のマヴス戦での先発出場を最後に出場しなくなったフランシスは、右膝の大腿四頭筋腱断裂を直すためにシーズン終了となる手術に踏み切らざるを得ませんでした。このタイミングでは彼は来季には戻ると見込まれていた事が、ESPNの記事も明らかです、

そもそもこのシーズン、ロケッツは故障者ばかり多発するシーズンでした。T-MACが66試合、ヤオミンが55試合しか出場出来なかったこのシーズン、それでもロケッツは健闘しました。ルイス・スコラとランドリーがロケッツでNBAデビューを飾ったこのシーズン、オールスター前からロケッツは8連勝と波に乗ります。

ところが、ヤオの故障はよりによってこんなタイミングで起きてしまったのです。左足を壊してしまったヤオは'08年の北京五輪に向けて大事を取らざるを得ない時期だった事も働いたか、このシーズン残りを全休する事となってしまったのであります。大黒柱を欠いたロケッツの詰みかと思われました。

http://espn.go.com/nba/recap?id=280316010

しかし、なんとそこからロケッツはなんと連勝を22にまで伸ばして見せたのです。これは'71-'72レイカーズの33連勝に次ぐNBA史上2位という快記録でありました。そんな偉業を、しかもチームの大黒柱抜きで達成したというのは残されたメンバー達の頑張りと言う他ありません。NBAの歴史において、こういった連勝記録を達成したチームは殆どが優勝の美酒に酔いました。当然ながらロケッツにもその期待がかかったのです。

そしてプレーオフ1stラウンド、ロケッツはジャズと対戦。ホームコートアドヴァンテージはロケッツにありましたが、ロケッツはいきなりホームで2連敗という厳しい入り方をしてしまいました。何とかアウェーで1勝返し、2勝3敗まで持ち込んだロケッツでしたが第6戦、T-MAC40得点10リバウンド5アシストの活躍も空しく、またしてもT-MACは1stラウンドの壁の前に敗れ去ってしまいました。

http://espn.go.com/nba/boxscore?gameId=271215010

そんなプレーオフのゲームをただ眺めるしか無かったフランシスでしたが、恐らくは来季こそ、の思いが強かったはずです。実際彼は'08オフにプレーヤーズオプションを行使してロケッツに残留する事となります。しかし、この時のフランシスはまだ知りませんでした。12/15、マヴス戦。FG1/8の3得点1リバウンド3アシスト、そして5TOという不本意だったであろうスタッツが、しかしながらフランシスにとってNBA最後のゲームとなってしまう事など・・・。

(以下、T-MAC&フランシス残酷な運命編へ続く)

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http://www.nytimes.com/2006/10/27/sports/basketball/27knicks.html?_r=1

'06−'07シーズン前、ニックスは揺れていました。上記のニューヨークタイムス記事によれば、フランシスを獲得する事をフロントにプッシュしたのはラリー・ブラウンだったと言います。マーブリーとフランシスでフレイジャー&モンロー体制の21世紀Ver.が出来ると当時言っていたラリー・ブラウンでしたが、結局2人を一緒にプレーさせる事は少なかったのです。何故なら、彼がフランシス獲得をプッシュした真の目的は反目していたマーブリーを追い出す事だったのですから。しかし結論から言えばそれは失敗しました。そもそもアイザイア・トーマスとも対立していたラリー・ブラウンはニックスを契約バイアウトで去り、結局アイザイア自らこのチームを率いる事となったのです。

マーブリーとフランシス、更にジャマール・クロフォードにネイト・ロビンソンと充実していたかに見えるバックコート陣に対し、インサイドはエディー・カリー、チャニング・フライ、デヴィッド・リー、ジェローム・ジェームズという帯に短く襷に長い面々ばかりでした。特にジェローム・ジェームズの高額契約は明らかな失敗であり、ニックスファンにとっても頭の痛い存在になっていました。もしかしてアイザイアって物凄く駄目なGMじゃね?という囁きがニックスファンの間でどれぐらいのものだったか、私もあまり記憶にありません。ただ、当時私のHPが休眠していた中で唯一稼動していた掲示板の書き込みで、ニックスファンのtackさんがかなり早くからアイザイア&マーブリー体制に駄目出ししていたのは確かですw

http://www.nba.com/knicks/news/review_070522.html
http://www.nba.com/knicks/news/review2_070522.html

ともあれ新たなシーズンは始まりました。そして結論から先に言ってしまえば、ニックスはまたも不振に喘いだのです。シーズンを通じて黒星が先行し続けたニックスは33勝49敗、'04-'05シーズン以来の勝率.402。これでも前年の23勝59敗、勝率.280よりは改善されたのですが、当然プレーオフに届く数値ではありません。なお、ニックスはこの翌シーズンに再び23勝59敗をマークする事になるのですがそれは後の話です。

問題はフランシスでした。彼のこのシーズンの成績はFG成功率.408で11.3得点2.8リバウンド3.9アシストと、やはり期待以下のスタッツに終わっています。マーブリーみたいなボール独占PGと一緒にプレーしていたら当然ではあったかも知れません。そもそもボールを独占した方が能力を発揮するタイプの選手を2枚エースで揃えた時点で、このような結果は想定の範囲内だったという向きもあるでしょう。

しかし、アイザイアの節穴の目、マーブリーのアレ過ぎなプレースタイル、そもそもブラウンやアイザイアの指揮と合わなかった事だけがフランシスの輝きを奪っていた訳ではありません。このスタッツを36分出場に馴らして換算すれば14.5得点4.6リバウンド4.9アシストと、そこまで見劣りする訳では無いスタッツにはなるのですから。問題はこのシーズン、フランシスが僅か44試合(うち先発30試合)しか出場していなかった事です。右膝の腱炎が再発したのが原因でした。



フランシスの輝かしいプレーの数々を支えて来たのが、その類稀な運動能力、中でもジャンプ力である事は論を待ちません。その彼のジャンプ力を支えていた膝が、徐々に限界に近付きつつあったのです。それでもなお、フランシスは戦線復帰すると3/10のウィザーズ戦ではブザービーターを叩き込んでみせました。またシーズン最後の4試合では40分超の出場時間を得て22得点、28得点、26得点、24得点の活躍を見せたのです。しかし、この4試合が彼のNBAにおける最後のハイライトとなってしまったのでした。

このシーズンが終わった4/18のボブキャッツ戦から2ヶ月が過ぎた6/28。2007ドラフトの当日、最早断末魔に陥りつつあったアイザイア体制のニックスは状況打開に動くべく、またしても大型トレードに打って出たのです。

http://sports.espn.go.com/nba/news/story?id=2919929

ブレーザーズ←フランシス、チャニング・フライ
ニックス←ザック・ランドルフ、ダン・ディカウ、フレッド・ジョーンズ


ニックスがザック獲得でインサイド補強を狙ったのは言うまでもありません。その結果が23勝59敗、そしてアイザイア体制の終焉へと繋がるのですが・・・。一方のブレーザーズの狙いは残り4年、6100万ドル以上の契約放出、そしてザックを放出する代わりに若いオデンとアルドリッジの出場時間を伸ばす事でした。

http://sports.espn.go.com/nba/news/story?id=2932433

一方フランシスの契約は残り2年3360万ドルの契約を残していました。ブレーザーズがフランシスの処遇をどうするかはトレード後暫く不明でしたが、結局ブレーザーズはこの契約を3000万ドル以上でバイアウトします。かくてFAとなったフランシスはマヴス、親友モーブリーが在籍していたクリッパーズへの移籍が噂されていました。

http://sports.espn.go.com/nba/news/story?id=2942354

しかし、フランシスが選んだのはその2チームではありませんでした。彼が選んだのは彼がNBAのキャリアを始めた場所。ヒューストン・ロケッツとの2年600万ドルの契約を結んだのであります。勿論、ロケッツをトレードで離れた時とロケッツの状況は大きく変わっていました。ロケッツのエースは今やT-MACとヤオミンであって、フランシスは最早1stオプション足り得るはずも無かったのです。無論、フランシスもそれは承知の上でロケッツを選んだのであります。

しかしそれでも、フランシス自身はT-MACとヤオミンの2人に続く3rdオプションぐらいにはなれると思っていたのではないでしょうか。マジックはともかくニックスはチームにフィットしなかっただけだ、環境さえ変えればきっと輝きを取り戻せるはず・・・そう思うのは無理もない事です。しかし、ロケッツに戻ったフランシスを待ち受けていたのはあまりに苛烈過ぎる運命だったのでありました。



(以下、T-MAC&フランシス一瞬の邂逅編へ続く)

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栄光無き天才たち11 トレイシー・マクグレディー&スティーヴ・フランシス(フランシスガラスのニューヨーク編)

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'05-'06シーズン、フランシスはマジックと揉めていました。フランシス、スティーヴンソン、ヒル(故障後はタコルー)、ドワイト、バティーという先発ラインアップでこのシーズンを戦っていたマジックはチーム成績が5割を切る日々が続いていたのです。やっとの思いで5連勝を上げて18勝22敗まで来たものの、その後に4連敗で元の木阿弥、とチーム状況は冴えませんでした。そんなチーム状態にあってフランシスは1/11のシアトル・スーパーソニックス(現オクラホマ・シティ・サンダー)戦でブローアウト敗戦時に試合に戻る事を拒んでブライアン・ヒルHCと揉め、その結果2試合の出場停止処分をチームから受けてしまいました。その結果、フランシスがまたもトレードされると言う噂が流れます。噂に上がっていたのはニックス、レイカーズ、ウルヴス、ナゲッツでした。そして実際、マジックはトレード画策に動いていたのです。

このシーズン、マジックはネルソンが徐々にその実力を発揮。ほぼ全てのカテゴリーでスタッツを上げ、フランシスに代わって先発PGに成り得るポテンシャルを見せ始めていました。また、ロケッツ時代にフランシスに向けられた批判がまたもここで復活します。そう、「フランシスがボールを持ち過ぎるとヤオミンが伸びない」の「ヤオミン」の部分が「ドワイト」に代わっただけです。実際シャックまでもがオールスターウィークエンド中に「フランシスがあそこ(オーランド)にいて好きなようにやってる間はドワイト・ハワードは良くならないだろう」と言い放っていたのでした。

2/5には旦ナゲッツのケニオン・マーティン&アール・ワトソンとのトレードの噂が流れましたがスミスGMはこれを否定。「フランシスはトレードしない」と一旦は公言しました。しかし、その宣言は程無くスミス自身の手によって撤回される事となりました。まずマジックは2/15、フランシスのトレードの前に手を打ちます。ピストンズとのトレードです。

http://www.nba.com/pistons/news/cato_060215.html

マジック←ダーコ・ミリチッチ、カルロス・アロヨ
ピストンズ←ケルヴィン・ケイトー、将来の1巡目指名権


フランシスと一緒にヒューストンからやって来たセンター、ケイトーを使って未完の大器ミリチッチとセットでフロリダのプエルトリコ人達を喜ばせる同郷PGを獲得した時点で、いかに当時ネルソンが故障中だったとはいえ、最早フランシスのトレードは完全に規定路線となっていたと言えるでしょう。そして1週間後の2/22、遂に引き金は引かれました。フランシスのトレードが実現したのです。


http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/02/22/AR2006022201615.html


このトレードが実現した時、フランシスのエージェントはフランシスに電話で「ハッピー・バースディ!」と言ったそうですね。「これはフランシスにとって誕生日プレゼントのようなものだったんだ」と当時彼は言っています。フランシス本人も当時大興奮だったようです。しかし、冷静に状況を考えてみれば、マジックにとってはともかくフランシスにとってこれがそんなに素晴らしいトレードだったとはとても言えないはずだったのです。

http://sports.espn.go.com/nba/news/story?id=2339941

ニックス←スティーヴ・フランシス
マジック←アンファニー・ハーダウェイ、トレヴァー・アリーザ


このトレードでマジックは獲得したハーダウェイを解雇し、キャップ空けに成功。これに'07オフで契約終了したグラント・ヒルのマックス契約分のキャップ空きを加えたマジックはソニックスからラシャード・ルイスを獲得する事になるのです。つまり、ルイスの獲得はペニーとヒルのキャップ分を利用しての成果という事になりますね。またアリーザはこのマジック入りで徐々にそのステイタスを確立していく事となるのです。

一方のニックスは当時15勝37敗とリーグワースト2位の厳しい成績に留まっていました。そんな中にあってチーム運営を任されていたアイザイア・トーマスはジェームズ・ドーランオーナーの後ろ盾の下、実にサラリー総額1億3000万ドルを超える超高額サラリーチームを作り上げてしまったのでした。当時、このトレードに関するアイザイアの声明はこのようなものでした。

"This is a trade that we all feel makes us a better basketball team for both now and in the future. In Steve, we add an All-Star caliber player to our team without giving up core assets that are key to our future."

確かにニックスはこの時、主力選手を失う事無くオールスター級のガードを獲得する事に成功したと言えます。この点だけ考えればこのトレードは大成功だったと言えるでしょう。しかし問題は、ニックスには既にフランシスと同じポジションのスーパースター様が君臨していた事でした。ステフォン・マーブリー。ニックスでのプレーを愛して止まないこの男が、ライヴァルと言って良いフランシスの入団を歓迎する訳がありません。

あるいはアイザイアはマーブリーとフランシスがかつてピストンズを2連覇に導いた若き日の自分とジョー・デュマース、あるいはニックス栄光の'70sの優勝を果たしたバックコートたるウォルト・フレイジャーとアール・“ザ・パール”・モンローのように化学反応を起こしてチームを勝利へ導く夢を見ていたのでしょうか。しかし、当時ニックスを率いていた名将ラリー・ブラウンを持ってしてもそれは不可能な事だったのです。

そもそも先発ラインアップをどうするのか、という素朴な疑問も絶えない中、フランシスはNBA入り以来一貫して付けてきた背番号3が既にマーブリーのものだったため、ペニーの退団で空いた背番号1を背にニックスのユニフォームを纏います。ニックスでの初ゲームとなった2/24のネッツ戦、フランシスはマーブリーと共に先発で出場し、いきなり16得点5リバウンド4アシストの活躍を見せたのです。試合は90-94で落としたものの、アイザイアの補強は悪く無かったかに思われました。

しかし、フランシスはニックス加入3試合目にして早くも先発落ち。ベンチから30分以上の出場時間を得る事もあったものの、彼の加入前からの連敗は12まで伸びてしまったのです。彼が先発に復帰したのは3/15、ホークス戦からでした。その後、しかしニックスがまた連敗を8まで伸ばしていた途中、4/2のシクサーズ戦から再び先発を外れ、そのまま先発に戻る事無くシーズンを終えました。ブラウンHCが先発ラインアップに苦心していた様が見て取れるような起用法だったと言って良いでしょう。

かくて、マジックからニックスへのトレードという、またしてものフランシス移籍劇となった'05-'06シーズンは終わりました。フランシスのこのシーズン、スタッツはマジックで16.2得点5.7アシスト4.8リバウンド、ニックスで10.8得点3.5アシスト3.0リバウンドでトータル14.4得点4.9アシスト4.1リバウンド。これらは言うまでも無く彼のキャリアローでした。

それでも、シーズン途中の移籍です。フルシーズン戦えばまた違ってくるだろうと思うのはファン心理として間違いじゃありませんし、私も当時流石にこのままで終わるとは思いませんでした。そりゃそうでしょう、それまでNBAの看板スターの1人として単独出演CMまで出演していた程の選手です。こんな低空飛行のままでニックスで沈む筈が無い、マーブリーとのハイスコアリングガードタンデムでリーグに旋風を起こすはず、と思ったとしても当時としてはそうおかしな予測ではなかったはずです。

マジックでもエースとして機能していた姿を見ていた私も、ニックスが優勝候補にまではならないとしても、ある程度浮上はするだろうと思ってました。しかし、現実は私が夢見ていた以上に残酷でした。バスケットボールのメッカ、マディソン・スクエア・ガーデンはフランシスのキャリアにとって、悪い意味でのターニングポイントとなってしまったのであります。

(以下、フランシス幻想の摩天楼編へ続く)

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栄光無き天才たち11 トレイシー・マクグレディー&スティーヴ・フランシス(T-MAC新たなる旅立ち編)

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さて、青から赤へとユニフォームの色を変えたT-MACです。ヤオミンとのデュオはシャック&コービーに取って代わる1-2パンチ足り得るかとリーグの期待も高かった'04-'05シーズン、しかしロケッツは当初PGのポジションに悩みます。何しろ今までフランシスで固定だったポジションです。当初は元ニックスのチャーリー・ウォードがジェフ・ヴァンガンディーHCとの縁からかロケッツに来て新PGとなりますが上手く機能せず、T-MACとセット販売で付いて来たルーも今ひとつ。

しかし、そんな中にあってT-MACはロケッツ加入1年目にして早くも伝説となるプレーを決めたのです。まずは12/2、マヴスとOTまで突入する大熱戦に106-113と敗れはしましたがT-MAC1人で48得点を挙げ、マヴスのノヴィツキー53得点とのスコアリング合戦でダラスの地を震撼させます。



そして12/9、地元ヒューストンでの対スパーズ戦。残り42.0秒にして68-76、既にロケッツの敗戦を覚悟した観客達は足早に家路に就きつつありました。そんな彼らは家に帰ってみて初めて、NBA史上屈指のスペクタクルな場面を生で見る機会を逸してしまった事を知ったのです。奇跡を信じて会場に残り続けたロケッツファン達は、正にその奇跡が目の前で起こる瞬間を目撃する至福の境地を味わう事となったのでした。



81-80。8点差を覆すT-MACの35秒で13点を叩き出したミラクルは、後に何度と無くNBAのDVDに収録されるハイライトとなります。ロケッツがT-MACを獲得したのは間違いじゃなかった、とファンも強く思ってくれた事でしょう。この後、懸案のPG問題は故障から復帰したボブ・スーラの起用で解決。更にロケッツはルーとのトレードでジョン・バリーを獲得。更にホーネッツからデヴィッド・ウェズリーをも仕入れてスーラ、ウェズリー、T-MAC、ジュワン、ヤオミンという先発ラインアップが完成。最早T-MACはマジック時代のように得点だけに専念する必要が無くなり、スタッツも25.7得点6.2リバウンド5.7アシストと得点王を争う域からは一歩後退。しかし、チームが最下位での得点王より上位を伺えるチームで戦える方がT-MACにとって幸せであった事は言うまでもありませんでした。そんな彼は勿論ロケッツでもオールスター先発出場を果たします。

かくて新生ロケッツは充実のシーズン51勝を挙げて一躍ウエストの第5シードとなり、1stラウンドでマヴスを迎えたのです。このシリーズ、初戦はいきなりT-MACが34得点5リバウンド6アシストと爆発して、ロケッツが98-86で制しました。続く第2戦もヤオミン33得点8リバウンド、そして決勝ジャンパーを叩き込んだT-MAC28得点8リバウンド10アシスト3スティール3ブロックでロケッツが113-111で連勝。新生ロケッツはこのT-MACのダンクの如き勢いで一気に1stラウンドを突破してしまうかと思われました。



しかし、マヴスもホーム連敗のショックを振り切って、なんとアウェーで102−106、93−97と連勝。敗退の危機から立て直す事に成功します。更にマヴスはホームに戻って第5戦も100-103で勝ち、3連勝で王手をかけてきました。T-MAC37得点の活躍で第6戦に101-83と大勝して3勝3敗のタイに持ち込んだロケッツでしたが、最終戦は76-116と惨敗。ロケッツ夢のタンデム1年目はやや尻すぼみな終わり方をしてしまいました。それでも、ロケッツファンは遠からずこのコンビがリーグを席巻すると信じたはずでした。

が、ロケッツファンの希望は1年持ち越されます。翌'05-'06シーズンはロケッツの弱点と思われたPFの補強としてストロマイル・スウィフトを迎えましたが、彼は期待外れに終わりました。PGにはアルストンが移籍して先発PGとして定着したものの、肝心のT-MACがマジック時代からの持病となっていた腰の痛みで47試合の出場に留まります。更にヤオミンもまた57試合の出場止まり。かくてこのデュオが一緒にプレーしたのは僅か31試合となり、ロケッツは僅か34勝でプレーオフから再び遠ざかりました。何しろT-MAC不在の試合は2勝15敗、T-MACが最後までプレーしなかった試合は2勝16敗だったのです。



結局このシーズンのハイライトは故障にも関わらずまたも先発出場を果たした、地元ヒューストンでのオールスターのみでした。ヤオミンと共に地元の期待を背負って登場したT-MACはMVP狙いを隠そうともせずガンガン得点、ウエストの面々も空気を読んで彼にボールを集めます。何しろこの晴れ舞台で彼のFGアテンプトは実に26回!彼以外に2桁アテンプトがレイ・アレン(13回)、コービー(11回)、ブランド(11回)だったのですから回りの配慮が伺えます。そしてこのゲーム、彼のFG成功率は実に.577!36得点を挙げてウエストを牽引したのです。これで勝っていればMVPは間違い無く彼のものでした。しかし、最後のT-MACのシュートアテンプトはレブロンに阻まれます。リプレイではレブロンがT-MACの肘に触れていると思われましたがファールは吹かれずウエストは敗れ、オールスターMVPはレブロンのものとなったのであります。

かように色々と残念な'05-'06シーズンでしたが、それでもロケッツファンとしては「まあ、こんなシーズンもあるさ」というぐらいの認識だったと思います。健康な2人さえ揃えばウエストの、いやリーグの頂点だって夢じゃない・・・そう思うのは当然でした。そして実際、'06-'07シーズンにロケッツはバティエーを迎え、アルストン、T-MAC、バティエー、チャック・ヘイズ、ヤオミンというラインアップを形成します。いよいよロケッツ時代来るか、という感じでした。

しかし、既にT-MACの体は相当ダメージが溜まっていたのです。このシーズンも7試合を背中の痛みで欠場してからの出場となった彼は最早チームの1stオプションの座をヤオミンに完全に譲渡。ヤオミンは26.8得点9.7リバウンド2.3ブロックをマークしてMVP候補に挙がるほどの活躍を見せました。しかし、12/23にヤオミンが膝の故障で長期欠場を余儀無くされたため、T-MACは再度傷付いた体に鞭打ってエースとしての仕事を全うします。12/29には14,000得点4,000リバウンドをマークしたNBA史上3番目に若い選手となりました。かくてこのシーズン、ロケッツはヤオミンが48試合しか出場しなかったにも関わらずT-MACの踏ん張りで52勝をマーク、再度プレーオフ返り咲きを果たしたのです。そして、第5シードに入ったロケッツの対戦相手はユタ・ジャズでした。

今度もまたロケッツは2連勝と快調なスタートを切ります。今度こそ1stラウンド突破へ向けて視界良好かと思われましたが、またも2連敗。しかし、今回はロケッツが第5戦を制し、先に王手をかけたのです。が、残り2戦を連敗してしまったロケッツはまたしても1stラウンドに沈んでしまったのです。この結末をもってロケッツはジェフ・ヴァンガンディーHCと決別、後任としてキングス黄金期のHC、リック・エイデルマンを招聘しました。これは、ロケッツがディフェンス重視の姿勢からオフェンス志向へと切り替わった事の証左に他ならなかったのです。

かくて再スタートを切る事になった'07オフ、ロケッツのロスターに驚くべき選手の名前がありました。そう、スティーヴ・フランシスその人です。かつてヤオミンとヒューストンの地でコンビを組み、T-MACとの交換でヒューストンを去ったはずのこの選手が、何故ロケッツに戻る事になったのでしょうか?それを知るには彼のイースタンカンファレンスでの軌跡を追う必要がありました。

(以下、「フランシスガラスのニューヨーク編」に続く)

※参考文献

Yao Ming Wikipedia
Houston Rockets Wikipedia

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http://www.basketball-reference.com/teams/ORL/2005.html

'04-'05シーズン開幕前、新GMジョン・ワイスブロドが批判やファンの脅迫をものともせず行った数々の改革(ドラフトでのドワイト&ネルソン獲得、T-MAC放出&フランシス獲得、ミッドレヴェル全額でのタコルーFA契約、グッデン放出&バティー獲得など)の結果、マジックのチームロスターは最下位の屈辱にあえいだ前年から大幅に入れ替わりました。そしてこのシーズン、皮肉な事にT-MAC在籍時は殆どプレーする事の無かったグラント・ヒルも遂に戦列に復帰します。今の栄華に至るマジックの新たな時代はこの時始まったと言って良いでしょう。

シーズン当初、マジックの先発メンバーはフランシス、モーブリー、ヒル、ドワイト、ケイトーという並びでした。・・・これ、3/5がロケッツですね。ドラフト1位とはいえドワイトもまだ高卒新人でしかなく、今以上にオフェンス能力は厳しいものがありました。フランシス&モーブリーにとってはヤオミン加入以前のロケッツ時代とさして変わらない状況ですね。違うのはヒルの存在ぐらいでしたが、彼だって長らくのブランクからの復帰ですから新加入みたいなものです。フランシスがこのチームを仕切る事に、障害は何もありませんでした。

かくて新たな場所でリスタートを切ったフランシスは開幕戦、ホームでのバックス戦でいきなり残り0.2秒で決勝点を決めるという鮮烈なデビューを飾ります。いきなり26得点9リバウンド7アシストというフル回転な活躍は、グラント・ヒルの復帰を飾る20得点、ドワイトの12得点10リバウンド4ブロックというダブルダブルでのNBAデビューと並ぶマジックの開幕早々の朗報としてマジックファンを喜ばせました。奈落の底からいきなり急浮上を果たしたマジックは白星を先行させ、13勝7敗→15勝10敗と順調にシーズン序盤を過ごしていきました。新人GMワイスブロドの構成したロスターは、予想以上に順調なスタートを切ったと言って良いでしょう。

ロケッツ時代当初に戻ったかのようにエースとしてシュートをガンガン打っていきつつもアシストも稼ぐ本来のスタイルに戻ったフランシスは、長年の相方モーブリーと共にチームの得点源となります。そこへヒルの安定感と未熟ながら大器の片鱗を見せていたドワイト、それにケイトーとバティーというヴェテランビッグマンの存在、そしてタコルーのベンチスコアリング。しかも後輩の面倒見の良さに定評のあるフランシスのこと、ドワイトに対しても良い先輩であった事は疑いありません。マジックは僅か1年でプレーオフチームへと返り咲くかに思われたのです。

躓きは、ワイスブロドGMの勇み足でした。シーズン序盤の成果に気をよくしたであろうワイスブロドは更にチームのテコ入れを画策したのです。恐らくチームが一時負けが込んだ時に彼は2〜3番のポジションを守れるディフェンダーを獲得する事を考えたのだと思います。そして、更なるトレードに打って出たのです。

http://www.nba.com/magic/news/Magic_Acquire_Doug_Christie_fr-128179-800.html

マジック←ダグ・クリスティー
キングス←モーブリー、マイケル・ブラッドリー


キングスでエースストッパーとして実績を持っていたクリスティーを引っ張ってくるというのは中々悪くないアイデアであるように見えました。キングス時代にチームメイトだったタコルーの存在も合わせて考えれば尚更です。しかし、この一手こそが致命的な過ちでした。

1つにはフランシスと、彼のNBAデビュー以来の盟友であったモーブリーを引き離してしまった事。当時のフランシスの嘆きっ振りは当時のインタヴューにも残っています。

http://www.chinadaily.com.cn/english/doc/2005-01/12/content_408157.htm

"I can't put it into words. Playing with a guy, living with a guy, just knowing that every day when I wake up that's something I can count on, that I'm going to be in practice or in a game with Cuttino. Him not being here is going to be tough for me. I don't know what I'm going to wake up for."

言ってる事が殆ど腐女子マンガだという事にたった今気付きました。801ちゃんはNBA同人誌を描くべき。・・・むさ苦しい男ばっかりですが何とか戦国武将ばりに美少年化してもらえないもんでしょうか

ともあれ、フランシスの落胆振りは尋常ではありませんでした。モーブリーは後に落ち着きを取り戻し、「2人が分かれた事はお互いの為にも良かった」と大人トークを展開していますが、フランシスにとってはそれは出来ない相談だったのです。そしてもう一つ、更に致命的だったのが獲得したクリスティー自身がこのトレード移籍に全く後ろ向きだったという事実でした。モチヴェーション皆無の彼は1/15にトレードで加入し、3/2の古巣キングス戦で6分ほど出場したのを最後に踵の故障で戦列を離れると、もうチームには戻らなかったのです。マジックでの出場数僅か21試合に終わったクリスティーはこの後マジックを去り、マヴスと契約するもやはり戦力足りえず、最後は'06-'07年にクリッパーズでキャリアを終える事となるのです。

このトレード補強ミスは高くつきました。クリスティーの代わりにタコルー、そしてスティーヴンソンが先発SGを務めたり、ネルソンを先発PGに昇格させてフランシスがSGにスライドしたりもしましたがチームは次第に低迷。特に3/8〜18の7連敗で一気にチームは負け越し、更にプレーオフ出場を争う最終場面の4/5〜16で更に7連敗。結局36勝46敗でシーズンを終えたマジックは最下位からのプレーオフカムバックは惜しくもならず、イースト10位で新体制1年目を終えたのです。

http://www.nba.com/magic/news/Magic_GM_John_Weisbrod_Resigns-142307-800.html

そしてワイスブロドGMは僅か1シーズンでその責務から離れてしまいました。しかし、彼はこの短い任期で実に多くの決断を行いました。T-MACの放出、ドワイト&ネルソン指名、タコルーFA契約・・・彼の下した数々の判断の正しさが証明されるのにはまだ時間が必要でした。そして彼の後任として新たに共同GMに就任したのがブレーザーズの永久欠番選手デイヴ・ツアーディック、そしてマジックの初期ロスターに名を連ねていたオーティス・スミスです。今に繋がるスミスの伝説はここに始まるのであります。

ともあれ、フランシスの移籍1年目は結果として尻すぼみな形で終わってしまいました。その結果に責任を感じたフランシスは、自腹を切って新聞に広告を出し、オーランドのファンに詫びたのです。来季こそ必ず結果を出してみせる、というフランシスの誠実な姿勢は実に彼らしいと言えます。なお彼個人の成績は78試合全てで先発してFG成功率.423で21.3得点5.8リバウンド7.0アシストでした。アシストに関してはキャリアハイ、得点についてもキャリアハイに0.3得点差ですから立派なものです。

フランシスとドワイトを中心とし、ヒルも復活したマジックの新体制は、ドワイトの成長という伸びしろが見込めるだけになかなか将来性豊かに見えました。しかし、フランシスの運命の歯車はここで止まりませんでした。翌シーズンもまた、思いもよらぬ展開が彼を待ち受けていたのです。

(以下、「T-MAC新たなる旅立ち編」へ続く)

※参考文献

クリスティーキャリアスタッツ




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T-MACとフランシスの運命を決めた男、ジョン・ワイスブロド。「hard-nosed guy」とあちらでも紹介されたマジックの新GMは、妥協という言葉にまるで縁の無い男でした。チームをほぼ独力で支え続けて不満の鬱積していたT-MACと彼は、完璧なまでに水と油だったのです。

何年も孤軍奮闘、独力でチームを背負わされ続け、自分を助けてくれるサポーティングキャストを求めたT-MACは即戦力足り得る人材を求めました。当時の彼が欲しがっていたのはまともなビッグマン、PGでありました。あの当時のマジックでまともなビッグマンといえばグッデンとジュワン・ハワードだった訳ですが、その2人が組んであの結果だった訳です。また、アームストロング移籍後のPGポジションに問題がある事は最早明らかでした。

それらの解決策としてまず期待出来る補強方法はやはりドラフトでした。何しろマジックには1位指名権があるのです。ビッグマンの問題はこの指名権をもってすれば解決しそうに思われましたし、実際この'04ドラフトで1位指名を予想されていたのはエメカ・オカフォーとドワイト・ハワード。NCAAを制覇したオカフォー、高卒ながらそのポテンシャルの高さを評価されていたドワイト。どちらも悪くないチョイスに思われました。実際、T-MACのこの頃のインタヴューを日本のNBA誌等で探すと、オカフォーの指名を歓迎するようなコメントをしていたりします。

しかし、T-MACは当時どうやらそれ以上を望んだようです。事実かどうか裏付けが難しいのですが、当時出回った話によると、T-MACはこの指名権をトレードに出し、見返りにコービーと折り合いが悪くなって移籍寸前だったシャックをレイカーズから獲得する事をチームフロント側に要求したとされています。後にヒートがこの手に乗ってウェイドとシャックを組ませ、チーム初優勝を決めたことを考えればこれは必ずしも間違った方法論では無かったのは確かです。シャックとT-MACの仲の良さを考えても、考えられる方策の1つではありました。

しかし、現在ヒートが優勝の後はプレーオフ出場止まりになっている事を見ても分かる通り、この方法は短期的には効果抜群ですが後々副作用を伴う事は明らかでした。そして、ワイスブロドは結局このT-MACの提案に乗らなかったのです。しかも、彼がドラフトで指名したのはより即戦力と見られていたオカフォーでは無かったのは皆さん良く御存知の通りです。既に完成されつつあるビッグマンであるオカフォーより、ワイスブロドGMはドワイトのポテンシャルに賭けたのです。

http://www.insidehoops.com/weisbrod-interview-052704.shtml


http://www.nba.com/magic/news/Magic_GM_John_Weisbrods_Comme-112529-66.html

当時のワイスブロドGMのインタヴューを見ると、オカフォーとドワイトにターゲットを絞っていく様、そして短期的な視点でなく将来的により成長の見込めるドワイトを選んだ事が分かります。そして、ドラフト当日に更にワイスブロドGMはPG問題にも着手、将来のドラフト指名権と交換でナゲッツから20位指名のPG、ネルソンを獲得したのです。セント・ジョセフ大でシーズン27勝0敗をマークした彼の獲得が後ほどどれだけのプラスになったか、皆さんも今なら良くお分かりでしょう。更に2巡目30位で指名したのがブラジル人選手、ヴァレジャオでした。結果を見るに中々上出来な指名である事が分かります。

http://sports.yahoo.com/nba/news?slug=ys-weisbrodmagic020209


最近のインタヴューでこの当時の事をワイスブロド自身が語っています。

“It has been gratifying to watch Dwight's career and see it come to fruition. But to me, the most stressful part of that [draft] night was not making the Howard pick, but the Jameer Nelson trade.”

“We had agreed to trade a future No. 1 to Denver, who was picking 20th. Jameer was the only one we wanted. And we had to sweat it out because there were a number of picks out there between the time we made the trade and the time Denver made the pick for us.”

ドワイトの指名以上にネルソンの獲得に腐心していたとは意外でしたが、その後の経過を見る限りこれも納得ですね。

しかし、このドラフト時点で既にワイスブロドGMとT-MACには相当深い溝が出来ていたのは明らかでした。何しろ、T-MACの話題を振られたワイスブロドGMは当時「(トレードするかどうか)結論を急ぐ。今時点では答えられない」としか答えていないのです。あまり引き留める意思の強い言葉には見受けられません。

ポテンシャルはあるとは言え確実に戦力足りえるかは当時疑問だったドワイトを指名した事自体が、T-MACにとっては既に我慢ならない事だったのです。何しろ僅か3年前、'01年ドラフトで高卒初の1位指名選手となったクワミ・ブラウン、2位のタイソン・チャンドラー、4位のエディー・カリー、そして8位のザカナ・ジョップは当時揃いも揃って伸び悩んでいました。ドワイトもそうならないという保障はありません。いや、仮に当たりだとしても高卒ルーキーがいきなり即戦力になるなんて事はレブロンとアマレという偉大な例外以外にはちょっと考えられない事でした。成長にかかるであろう数年すら、T-MACにはもどかしい年月に思えてならなかったのです。

ドワイト側はT-MACに対し「僕のプレーを見て欲しい」と何度と無くラヴコールを送りましたがT-MAC側はこれをスルー。この時、もしもワイスブロドでなくガブリエルがGMのままであれば、T-MACを慰留するべく彼を何とかなだめすかしてドワイトに顔合わせさせる機会を作ったんじゃないかと思います。T-MAC自身もガブリエルがGMだったら・・・という発言をしてますね。何よりもT-MAC自身が高卒NBA入り選手なんですから、そのあたりをくすぐればT-MACを翻意させる事はそう難しい話では無かった筈です。しかしそもそもNBAの世界では経験も浅く、また鼻っ柱の強いワイスブロドは、残念ながらそういう調整型の人ではありませんでした。

後にT-MACはワイスブロドGMの事を口を極めて罵り非難しています。何しろ「John Sissybrod」よわばりですからね。あ、sissyって弱虫とか意気地なしとかそういう意味です。・・・ワイスブロドと正反対の言葉な気がするんですがそれはともかく、T-MACが当時も今も一貫して言っているのは「自分はオーランドを離れたくなかった。チームが、ワイスブロドがそれを望んだ」という内容です。しかし、上掲のヤフー記事もそうですが「T-MACが移籍したがっていた」という見方が有力だったりします。どちらが真相なのかは何とも言えません。

恐らく、T-MACにしてみればこれ程貢献してきた自分のリクエストを聞き入れてくれないのはチームが自分に出て行って欲しいとしか思えない→なら移籍したいチームのリクエストを、という感じだったんじゃないでしょうか。そしてフロント側とメディアはそのT-MACの言葉を文字通り捉え、「T-MACは移籍したがっている」と報じられたような気がします。

ともあれ、T-MACはマジックのフロントにトレードの希望を提示。彼が望んだのはドアマットなチームでは勿論なく、まともなセンターがいる優勝争いが期待出来そうなチームでした。しかし、まともなセンターという時点で選択肢はかなり限られます。しかも、T-MACとトレードが釣り合うだけのサラリーとタレントが必要なのです。

これらの条件を見事に満たしているチームがウエストにありました。ヤオミンという若きオールスターセンターを抱え、フランシスという今や不満分子となりつつあるオールスターPGというトレード材料をも併せ持っていた、非常に都合の良いチームが。そして、彼らにとってもコービーと張り合えるだけのタレントを持つT-MACという存在は魅力的に映りました。コービーとシャックのタンデムが'00年代前半のNBAを完全に支配したように、T-MACとヤオミンのタンデムもリーグを席巻するのでは・・・そう考えるのは無理もありません。

かくてドラフトから5日後、遂にT-MACとマジックの蜜月は完全に終わりを告げました。2004年6月29日、大型トレードが発表されたのです。

http://www.usatoday.com/sports/basketball/nba/2004-06-29-mcgrady-francis-deal_x.htm

マジック←フランシス、モーブリー、ケルヴィン・ケイトー
ロケッツ←マクグレディー、ジュワン・ハワード、ルー、ゲインズ

マジックにとってこれはなかなか有利なディールでした。何しろT-MACとセットで放出したのはジュワン、ルー、そして外れ指名のゲインズと揃いも揃って期待を裏切った新加入選手ばかり。そして見返りに得たのはフランシスとモーブリーの息の合ったコンビ、そしてこれまたロケッツで長いキャリアを過ごしたケイトー。マジックは先発PG・SGに加えてセンターにもそれなりの人材を得たのです。何だかマジックが一方的に得をしたようにしか思えないんですが、それだけT-MAC獲得をロケッツが重要視したとも言えます。それだけの対価はある、と踏んだ訳です。それにロケッツにしてみればヤオミンをチームのセンターピースに据えたい以上、フランシスとモーブリーをセットで放出出来るのはメリットではありました。

マジックはこの後更に動きます。まずはミッドレヴェル全額投入でタコルーと契約。更にグッデン、指名したばかりのヴァレジャオを放出してキャヴスからトニー・バティーを獲得して、更にセンタープレーヤーを増やしたのです。これらのムーヴを見ても分かる通り、ドワイトは当初センターではなくPFと見られていました。ドワイト本人もダンカンとKGのミックスが自分だ、みたいな事を言ってましたね。

http://sports.espn.go.com/nba/news/story?id=1831594

当初はロケッツを放出される事にショックだったフランシスでしたが、マジックが自らをチーム再建のセンターピースと位置付けている事で心を切り替える事が出来たようです。親友モーブリーと一緒に移籍した事も彼のショックを大いに和らげた事でしょう。彼は新天地で再び出直す決心がついたのです。

かくて、T-MACとフランシスは活躍の場を取り替える事となりました。早速SLAM誌は2人を同時に表紙に起用します。まだまだ栄光のキャリアが続いていくと信じられていた2人の若きスーパースターガードの運命は、しかし更に予想外の方向へと向かって行くのでありました。

(以下、「フランシス最後の輝き編」に続く)

フランシス
T-MAC


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左肩上がりだったT-MACとフランシスのキャリアの翳りは、同じタイミングで訪れました。互いのチーム状況は対照的だったものの、'03-'04シーズンの2人を語るのには「フラストレーション」の一言こそが相応しいです。

T-MAC率いるマジックはこのシーズン、前回も触れた通りアームストロングを放出してティロン・ルーとジュワン・ハワードを加えました。前シーズン半ばのトレードでマイク・ミラーの代わりにグッデンとギリチェックを加えたマジックについての前評判は、プレーオフでのピストンズ相手の善戦もあって悪くなかったのです。このシーズンに評論家デビューを果たしたスティーヴ・カーなどは優勝候補としてマジックの名前を挙げていたぐらいですからね。かくて迎えた開幕戦、マジックは延長の末ニックスを85-83という僅差で下し、とにかくも白星スタートを切ります。そしてその後、フリーフォールが始まりました。

10/30のホーネッツ戦を皮切りに、実に12/3のマヴス戦までマジックはただひたすらに黒星を重ねていったのです。その間惜しいゲームも無かった訳ではありませんが、ウルヴスやキングスに30点前後のビハインドで敗れていたのも事実。躍進が期待されたチームの士気はどん底に落ちたのです。当時のT-MACはあまりの負けっぷりに引退すら考えたと当時のインタヴューでも語っていた程です。この連敗の間にT-MACがマジックに加入して以来ずっとHCだったドック・リヴァースも職を追われてしまいます。

今でこそ「PG不在」「結局インサイドのサイズ不足」「ギャリティー不在による外角シューターの不在」「そもそもサポーティングキャストが駄目だった」等々いくらでも後付けの分析が出来ますが、当時リアルタイムで応援していた者にとって、あの連敗は何が起こったのかまるで分かりませんでした。それはファン、チーム関係者、そして選手達も同じ思いだったのではないでしょうか。負けが負けを呼び込む負の連鎖、マーフィーの法則そのものですね。

なお、当時のD誌2004年3月号によると、ドック・リヴァースHCは解雇後に「新顔が多く、トレイシーはスロースタート。ギリセク(当blogではギリチェック)とギャリティもいない。出だしで苦しむのはわかっていた」と語っていたとありました。しかし、これとても正しい分析かどうか私は今ひとつ確信がありません。同じくD誌の2004年1月号にある「タイミング悪くギャリティ、ギリセクの両シューターをケガで欠き、そこに目をつけた各チームがゾーン・ディフェンスを仕掛けてきた」というのは合点が行く分析かなあと思いますね。

チームも全く手をこまねいていた訳ではなく、大ヴェテランのロッド・ストリックランドを急遽招聘してPG補強を図ったりはしましたが効果は殆どありませんでした。そもそもT-MAC&ヒルのマックスサラリー2本立てでサラリーをこれ以上増やせないマジックには抜本的なトレード等の動きは取れず、そもそも開幕で19連敗した時点でぶっちゃけ選手もフロントも心が折れていたと思われます。10日間契約や最低保証額での契約といった小手先の補強でお茶を濁す事しかマジックには出来なかったのです。

かくして、T-MACにとってこのシーズンは殆ど希望の無い苦痛だけのものとなりました。せめてもの救いは2シーズン連続の得点王の座、4年連続のオールスター選出、そしてシーズン終盤、3/10のウィザーズ戦で飛び出した62得点のビッグ・ゲームぐらいのものだったのです。ただ終わりを待つだけの何も楽しみが無いシーズン、チームメイト達もこのT-MACの快挙を喜び、共に彼の記録が伸びる事を楽しんだのでした。この62得点は依然として彼のキャリア・ハイとなっています。



http://www.basketball-reference.com/teams/ORL/2004.html

28.0得点6.0リバウンド5.5アシスト、それがこのシーズンの彼のスタッツでした。得点面は勿論、アシストでもチームトップ(2位はルーの4.2アシスト)、リバウンドでもジュワン・ハワード7.0リバウンド、グッデン6.5リバウンドに次ぐ3位。FG成功率がそれまでの.450超から.417に落ちたのはマークが集中した結果であり、最悪なチーム状況の中でT-MACはなおベストを尽くしたと私は思います。しかし、彼を待っていたのは批判の嵐でした。特にオーランド・センチネル紙は「Me-Mac」などと彼を揶揄。チームでアシストトップなのに利己的?他に頼れる得点源が無かったから自ら行くしかなかったというT-MACの言葉は批判にかき消されました。それは正に彼が敬愛したペニーのマジックでのキャリア終盤に似ていたのです。

一方のフランシス。彼のチームはマジックと違い、成績が急降下した訳ではありません。落ちたのはチーム成績ではなく、フランシス個人の成績でした。新任のジェフ・ヴァンガンディーHCは案の定というべきか、ヤオミンを中心としたチーム作りを推し進めたのです。「スティーヴィー・フランチャイズ」から「ミン・ダイナスティー」への易姓革命がこのシーズンに行われた事を、しかしフランシスは理解出来ていなかったのではないでしょうか。

ヴァンガンディーはゲームのテンポを落とし、ハーフコートバスケット主体のオフェンスを導入します。それはフランシス&モーブリーのハイスコアバックコートコンビにとっては朗報ではありませんでした。まあ一般的に彼らのようなスピード勝負のガードは走りたい訳でして、ヤオミンがいかに巨体の割には走れるセンターだといっても、それまでの試合のテンポから一気に落ちるのは明らかでしたからね。

結果、フランシスは出場した79試合全てで先発し、前シーズンと遜色無い平均40.4分の出場時間を得ながら、平均得点は21.0から16.6へと劇的にダウン。FG成功率も速攻からのイージーバスケットが減ったためか.435から.403へとこれまたダウンしたのです。軒並みスタッツの数字が落ちる中、横ばい気味だったのはスティール(1.7→1.8)、そしてこれは納得としか言いようがありませんがアシスト(6.2→6.2)でした。逆にヤオは82試合全てに先発出場して平均得点が13.5から17.5へと大幅にアップしたのです。

そして、このシーズンを45勝37敗としたロケッツは遂に'99年以来のプレーオフ進出を達成。対戦相手は'99年にピペン、バークリー&オラジュワン体制で挑むも1勝3敗で敗れた相手のレイカーズであり、この時も1勝4敗で敗退。その1勝でフランシスは27得点9リバウンド7アシストを挙げて貢献。また、敗れはしましたが第2戦では18得点10リバウンド12アシストのトリプルダブルを達成しています。

フランシス自身は3シーズン連続のオールスター先発選出という明るい話題もあったものの、フランシスとヴァンガンディーHCとの確執は最早明らかでした。しかし、フランシスを中心とした体制では達成出来なかったプレーオフ進出という課題が、ヤオミンを中心としたこの新体制で確立されたのは否めない事実であり、そのチーム構成を作り上げたヴァンガンディーHCが就任1年目でこの結果を出した以上、フランシスとヴァンガンディーのどちらをロケッツが選ぶべきかは自ずと明らかだったのです。

T-MAC、そしてフランシス。それぞれチームを支えて来た2人のスターガードのキャリアは、共に曲がり角を迎えていました。そのタイミングが偶然にも一致した事が、この'04オフに思わぬ化学反応を呼び起こす事となったのです。そしてその化学反応のきっかけはマジック側のフロント人事にありました。'03-'04シーズン半ばにリヴァースHCの後を追うようにGM職を解かれたジョン・ガブリエルの後にマジックのGMに就任したのがジョン・ワイスブロドだったのです。名門ハーヴァード大出身にしてアイスホッケー部を経てNHL、IHLでプレー後NHLのニュージャージー・デヴィルズでスカウトの手腕を発揮し、後にIHLのオーランド・ソーラーベアーズで'01年にIHL最後のチャンピオンの座を勝ち取るという功績を挙げたこの鼻っ柱が強い男が、T-MAC、そしてフランシスのその後の運命を握る事となったのであります。

(以下、「ブロックバスタートレード、そして新天地編」に続く)

T-MAC
FRANCIS




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'02-'03シーズン。T-MACとフランシス、ハイフライヤー2人のキャリアは更に加速するかと思われました。スターとしてのステイタスを完全に確立したT-MACは最早アディダスの看板選手の感さえありましたし、リーボックの柱の1人となったフランシスにしてもヤオミンという超大物新人センターを新たに迎え、一層のキャリア向上が期待されたのです。

その期待はある面では当たりました。T-MACは更に個人成績をブーストさせ、実に32.1得点6.5リバウンド5.5アシスト1.7スティールという驚異的なスタッツを叩き出してキャリア初の得点王に輝いたのです。オールスター選出は当然の事であり、今度は先発に返り咲いて29得点をマークしてみせました。これだけでも彼のステイタスが更に向上して行った様は容易にお分かり頂けるはずです。

一方のフランシスもキャリアベストとなる81試合に出場して21.0得点6.2リバウンド6.2アシスト1.7スティールと申し分無いスタッツを並べ、こちらも2年連続オールスター先発出場を果たします。しかも新チームメイトのヤオも一緒に先発出場でしたから、ウエストのオールスター先発の2/5をロケッツが占めた訳です。これまたロケッツにとってネガティヴな要素はまるで見当たらないように思われました。

しかし、2人の運命の分かれ目はこのシーズンに始まったと言えます。まずT-MACに関して言えば、このシーズン半ばにマジックは負けが込んだ際の打開策として、T-MACがマジックに加入して以来の親友だったマイク・ミラーをトレード放出してしまったのです。既にT-MAC、ヒルのマックス契約でキャップギリギリのマジックには彼との再契約資金が無かった、という話になっています。勿論それも事実だったでしょう。

しかし、他にも問題は潜んでいました。相変わらずのヒル不在(このシーズンは29試合出場しましたが)は勿論ですが、更に痛かったのがインサイドのタレント不在。ホーレス・グラントとドック・リヴァースHCがシーズン中に揉め、ホーレスはこのシーズン5試合の出場のみでチームを去る事となってしまいました。代わりにと期待されたケンプに多くを求めるのは流石に難しく、また一時活躍したパット・バークやスティーヴン・ハンターではやはり力量不足。オイエデジや新人ハンフリーに至っては戦力として計算に入れる事も不可能という惨状でした。結局、ギャリティーとデクラークという白人コンビとケンプで凌いでいたのです。

やはりマジックのインサイドにはある程度計算できるビッグマンが必要だ・・・それは確かに間違った判断ではありませんでした。マイク・ミラーと引き換えにグリズリーズから獲得したのはドラフト4位の新人PFながらチームのエース、ガソル兄とポジションが被ったために出場機会にやや恵まれていなかったドリュー・グッデン。そしてSGですがミラーの穴埋めを期待されたギリチェックでした。使えなかった新人ハンフリーもセットで出せたのですからマジックにとってはお買い得なトレードではあったでしょう。

しかし、ミラーの放出は言うまでもなくT-MACにはショックでした。加えてミラーの不在は徐々にマジックのボールの回りを悪くしていく事となります。またこのシーズン、マジックはアームストロングの年齢を懸念し、彼に代わるPGを模索し始めました。そのため彼をベンチスタートとし、ジャック・ヴォーンを先発として立ててみたりもしたのです。今にして思えば、これもアームストロング放出への準備だったのでしょう。

そんなこんなでT-MACの個人成績とは裏腹に、マジックの成績は42勝40敗と伸び悩みます。先述のT-MACの個人成績の凄さは、何を隠そう彼の負担が増した事の証左でしかありませんでした。得点王を抱えるチームは勝てないというのはNBAで長らく言われている事ですが、この時のマジックも正にそうで、結局のところT-MACにおんぶに抱っこでしかなかった訳です。

そうであるからこそ、プレーオフ1stラウンドでマジックが第1シードたるピストンズに先に王手をかけたことは驚きでした。しかもこのポストシーズンから1stラウンドは5戦勝負から7戦勝負へと変更されており、その変更早々にミラクルニックス以来のアップセット劇かとリーグはどよめきました。実際この時のT-MACは自信に満ち溢れていました。ずっと乗り越えられなかったプレーオフ1stラウンドの壁を打ち破る、あと少しのところまで来ていたのです。

しかし、現実は苛烈でした。ピストンズはなんとここから3連勝、デッドエンドからの逆転でシリーズを制し、T-MACの夢を粉々に打ち砕いてしまったのであります。この後カンファレンスファイナルまで勝ち上がったピストンズ相手に3勝4敗は良くやったと言えますが、あと3試合中1勝さえすればOKというところまで持ち込んだ事が、逆に心の隙を作ってしまったのでしょうか。あと少しで手が届いていたシリーズ制覇を逃したマジックとT-MACのショックは少なくなかった事でしょう。とはいえ、カンファレンスファイナリスト相手に第7戦まで縺れ込んだと考えればマジックの未来は決して暗くないと思えたのもまた事実です。

一方のフランシス。ロケッツの栄光の歴史の舞台となったザ・サミットことコンパックセンターでの最後のシーズン、ロケッツはやっとインサイドの核を得て再浮上を果たします。フランシスも57試合の出場に終わった前シーズンから一転、81試合に出場&先発。ヤオミンもまたルーキーイヤーから82試合中72試合に先発してチーム3番目の13.5得点とチーム1番目の8.2リバウンドと1.8ブロックをマークしたのです。

そう、この時まだヤオは得点面ではNo.3。21.0得点のフランシス、17.5得点のモーブリーというバックコートコンビがチームのスコアリングをリードしていたのです。結成4年目のこのコンビがロケッツの中心であり、新参者のヤオは流石にこの時点ではチームのファーストオプションではありませんでした。

28勝から43勝へと勝ち星を伸ばしたロケッツでしたが、イースト8位のマジックよりも1勝上回りながらも、ウエストでは1勝サンズに及ばずプレーオフ進出を逃しました。とはいえヤオミン指名が間違ったチョイスでなかった事は明らかでした。新人王こそアマレ・スタッダマイヤーに譲りましたが、オールルーキー1stチームには当然ながら選出されました。なお、グッデンもこの時一緒に選出されています。

フランシスは中国からやってきたこの期待の新人にかなりフレンドリーに接したようです。フランシスからすればチームの助けになる大物選手のキャリアが上手く行くよう応援するのは当然の事ですよね。こういうところで自分より目立つな、とかそういう心の狭い事を言うような人間では無かったのはフランシスという人となりを現していると思います。

かくてT-MAC、フランシスそれぞれのシーズンがまた1つ終わりました。マジックとロケッツのエースガードの地位は最早ゆるぎないものとなったかに思えました。しかし、この'03オフにマジック、ロケッツには更に少なからぬ変革を行ったのです。

マジックはこのオフ、ダレル・アームストロングを放出。新たな先発PGとして'01ファイナルでアイヴァーソン相手にディフェンスで評価を挙げたティロン・ルーを迎えます。またインサイドにはヴェテランPFジュワン・ハワードを迎え、グッデンとペイント内でコンビを組む事となったのです。一方のロケッツは'92年以降チームを率いていた2連覇の立役者にしてチームの永久欠番選手でもあったMr.ロケッツと称すべき名将、ルディ・トムジャノヴィッチが膀胱癌を理由に自らHC職を辞任。代わってHCに就任したのが、ニックスをファイナルへ導いて一躍名を上げたジェフ・ヴァンガンディーでありました。

マジック、ロケッツ共に'02-'03シーズンからの変化に加えてこのオフでの動きがチームの新たな流れを決定付けました。それが明確に顕在化したのは'03-'04シーズンだったと言えます。しかし、それを予知するのは専門家でも難しかったのではないでしょうか。このまま各チームで安泰に続くかと思われたT-MACとフランシスのキャリアが暗転する時が、刻一刻と迫っていたのです。

(以下、「悪夢、そして運命の交錯編」へ続く)



※参考文献

Basketball-Reference.comよりロケッツ'02-'03シーズン成績まとめ

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ペニー
六伍壱 ◆MAGICcvM2E
昔の名前はセントトーマスこと 「NBA MAGICAL INSIDE」 (現在更新停止)管理人、 2chマジックスレ は最近はご無沙汰。シャック&ペニー時代からマジックを追っかける'90s世代NBAファンです。耳寄り情報・ご要望・リクエスト・リンク希望・ツッコミetcはmagicalinside651@gmail.comまでドゾー。twitterにもおりますので「六伍壱」で検索してみて下さい。
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