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300万ヒット行きました。ありがとうございます。

R.I.P.

マヌート・ボル(1962.10.16〜2010.6.19.)

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http://www.nba.com/2010/news/06/19/manute.bol/index.html

http://sports.espn.go.com/nba/news/story?id=5305868

NBA史上最高のビッグマンは誰か、というとビル・ラッセル、チェンバレン、ジャバー、シャックのバトルロワイヤルモードに入ってしまいますが、史上最長身のビッグマンとなると2人に限られます。ヤオミン?ショーン・ブラッドリー?いえ、彼らをも凌ぐ7フィート7インチ(231cm)の巨人がかつてNBAにはいました。その1人がジョージ・ミュアサン。そしてもう1人が、スーダンから来た巨人、マヌート・ボルだったのです。

ありがとう巨人


http://www.basketball-reference.com/players/b/bolma01.html

10年のキャリアを主にワシントン・ブレッツ(現ウィザーズ)、ウォリアーズ、シクサーズで過ごした彼はNBAデビューを果たした'85〜'86シーズン、そして'88〜'89シーズンの2度に渡ってブロック王に輝いています。特に1回目のブロック王獲得時のアヴェレージは実に5.0でした。それ以外の面ではあまり当てにならないブロック特化型センターでしたが、'92〜'93シーズンには何故か3ポイントシュートを32本中10本成功させてたりもします。なお、彼のキャリア平均ブロック数3.34はNBA史上2位(1位はマーク・イートン)となっています。何しろ彼はNBA史上唯一の、得点数よりブロック数の方が多いプレーヤーなのです。なお、NBAの後はCBA、イタリア、カタールでプレーしています。

現役引退後は、いや現役時代から彼は母国スーダンの状況に胸を痛め、積極的にチャリティー活動に励んでいました。その為になら彼は見せ物のようなボクシングにでも出ました。スケートも出来ないのにホッケーリーグと1日契約を結びもしました。競馬のジョッキー役さえ務めたのです。

'04年には交通事故に遭い、重傷を負ってなおボルは止まりませんでした。'06年にはスーダンの人権問題への意識を高めるべく「スーダン・フリーダム・ウォーク」に参加。ニューヨークの国連ビルからワシントンD.C.まで3週間にわたる行進を行ったのです。また、彼はエジプトのカイロでバスケットスクールを開催しており、その時の生徒の一人が同じスーダン出身のルオル・デン(現ブルズ)なのです。

そんな人がつい先日、47才にして腎臓障害とスティーブンス・ジョンソン症候群で天に召されたのです。私も彼については背の高さとショットブロッカーとしての成功、そしてチャリティー活動に熱心、というところまでしか知りませんでした。調べてみると想像以上に精力を注ぎ続けた生涯だったのだな、と思います。

NBA史上最長身のセンターにして生涯を母国の状況改善の為に捧げたマヌート・ボル。NBAプレーヤーとしては必ずしも大きなインパクトを残した訳ではありませんが、その足跡はあまりに偉大でした。7-7のマザー・テレサに合掌。

※参考

Wikipedia





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NCAA界最大の巨星、堕つ

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http://sports.espn.go.com/los-angeles/news/story?id=5253601

UCLAにて、NCAA史上最高のダイナスティーを築き上げた偉大なるHC、ジョン・ウッデンが逝去されました。今年の5/26よりロナルド・レーガンUCLAメディカルセンターに入院しており、自然死、との事です。

巨星R.I.P


ESPNのHPトップ記事も他の全ての話題を圧倒してウッデン逝去の記事がトップになっているあたりに、彼の存在の大きさを感じていただけるでしょうか。"We've lost a real giant."というジェリー・ウエストの発言も頷かずにはいられません。

http://en.wikipedia.org/wiki/John_Wooden

1910年にインディアナに生まれたウッデンは高校時代にチームを3年連続州のチャンピオンに導き、高校のトーナメントでも優勝、そして1932年にNCAAでの優勝と、選手としても華やかな実績がありましたが、彼の名声を不朽のものとしたのは何といってもヘッドコーチとしての実績。高校でコーチを始めた1年目だけが、彼の生涯で唯一の負け越しシーズンだったのです。高校で指導する事11年、彼の通算成績は実に218勝42敗という圧倒的なものでした。

そしてNCAA。地元インディアナ州立大を2シーズン率いて44勝15敗の好成績とNAIB準優勝(アフリカ系アメリカ人選手の参加禁止を覆したという偉業付き)という実績を引っ提げて、彼はUCLAのHCに迎えられたのです。伝説はここに始まりました。1年目からUCLAでチーム史上最高を更新する22勝7敗という成績で鮮烈なデビューを飾ったウッデンはチームをNCAA屈指の強豪に押し上げます。そして、彼は自らのコーチングキャリア後半からUCLAに未曾有の黄金時代をもたらしたのです。

NCAAトーナメント7連覇、そして通算10回の優勝。88連勝。ホーム98連勝。NCAAトーナメントでの38連勝。4度に渡る30勝0敗のシーズン。コーチ・オブ・ザ・イヤー7回受賞。バスケットボールの殿堂初となる、選手とコーチ両方での殿堂入り。これだけの圧倒的な実績を持ちながら、彼はUCLAに35,000ドルの給料の昇給を決して求めなかったのです。また、UCLAの10倍以上の給料でレイカーズのHC職をオファーされたものの、これも断っています。言っときますけどね、NCAAで彼の次に優勝回数が多いHCってコーチK含めて2名なんですが、4回ですからね。ウッデンの半分も行ってないんです。

コーチング歴最後の12年で10回のNCAAトーナメント制覇という偉業を達成した'75年に、グッデンは足掛け27年の長きに渡ったUCLAでのHC職を辞しました。その間に指導した選手達はゲイル・グッドリッチ、ルー・アルシンダーことカリーム・アブドゥル・ジャバー、ビル・ウォルトンといった、彼ら自身も殿堂入りを果たした面々がいますね。ビル・ウォルトンはウッデンについてこう語っています。

"Once you're on his team, you're on his team forever. He's your coach for life."

良い言葉過ぎるだろ・・・

ウッデンは父ヨシュアより、7つの教えを受けていました。

・Be true to yourself.
・Make each day your masterpiece.
・Help others.
・Drink deeply from good books, especially the Bible.
・Make friendship a fine art.
・Build a shelter against a rainy day.
・Pray for guidance and give thanks for your blessings every day.


ウッデンのお父さんはなかなかに素晴らしい人だったようですね。なるほどこの教えを忠実に守っていれば人生において失敗は無いと思います。私もこの教えに従って人生見つめ直そうかなまた、ウッデン自身もこのような金言を残しました。

・Failing to prepare is preparing to fail.
・Flexibility is the key to stability.
・Be quick, but don’t hurry.


これまた素晴らしい言葉の数々ですね。「準備に失敗するのは失敗への準備である」とかいい言葉です。下手な啓蒙本読むより余程役に立ちます。ウッデンの成功法則をまとめた「ピラミッド・オブ・サクセス」なるものもありますので、こちら(PDF注意)をPC環境でご覧になってみる事をお勧めします。

http://www.coachwooden.com/

ともあれ齢99才の名将は天へ召されました。不世出の偉大なるHCに最敬礼、そして、合掌。



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NBAとドラッグの不幸な関係について

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http://blog.livedoor.jp/himasoku123/archives/51308428.html
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1290915.html

・・・てな訳で、えらい事になりましたねぇ。'80年代ののりP語を知る世代にとってはかなり衝撃的なニュースだったかなーと。押尾学の怪事件もそうですが、クスリの怖さって本当半端じゃないなと改めて思います。

http://www.sportingnews.com/blog/The_Baseline/entry/view/29435/ped_crisis_in_the_nba?_shaq_doesnt_think_so

マジックもルイスが薬物違反に引っ掛かった訳ですが、シャックが彼を擁護するコメントを寄せています。曰く、

“I don't think the guy was like,‘Let me use a steroid.’I've known Rashard a long time and he's not that type of guy.”

ルイスの事は長く知っているが、ステロイドを使うなんてタイプの人間じゃない、といった感じですかね。酒井法子の事件を見てからでは「いやいや、人は分かりませんよ〜」なんて口走りたくなる向きもありましょうが、ルイスの場合今回問題になったステロイドにはこの摂取量では殆ど効果が認められない事もあって、あまり深刻な問題とは思われていない節がありますね。


http://sports.yahoo.com/nba/blog/ball_dont_lie/post/Rashard-Lewis-tests-positive-for-PEDs-suspended;_ylt=AkmtAC27mcrFD5hYxMiNAwO8vLYF?urn=nba,181341


NBAが薬物検査を始めてから、これまで検査に引っ掛かって出場停止処分を受けた選手はマット・ガイガー、ドン・マクリーン、Soumalia Samake、ダリウス・マイルズ、そしてリンジー・ハンターの5人。10試合出場停止処分を受けたハンターの場合、奥さんのダイエット用の薬を誤って服用した結果だそうですな。ルイスの代理人、トニー・ダットはルイスの処分軽減を求めて選手会にも助けを求めるようですが、多分難しいだろうなーと思います。

ところで、今でこそ深刻なジャンキーは見当たらないNBAですが、かつては薬物で身を滅ぼした選手も少なくありませんでした。ダンクシュート誌最新の'09年9月号の別冊付録、「NBA偉人伝」にも載っているデヴィッド・トンプソンもその1人ですね。



NBAとABA両方から1位指名され、「スカイウォーカー」とまで評された圧倒的な運動能力でABA・NBA両リーグを席巻した男、トンプソンの末路は寂しいものでした。マリファナ、コカイン、アルコール、その挙句の階段からの転落事故・・・膝をやってしまって30才での引退。こんな転落人生にも拘わらずバスケットボールの殿堂入りというのが逆に彼の凄さを証明していますね。近年は青少年の為に活動中と聞いて安心しました。'05年、デンヴァーでのオールスターサタデーでダンクコンテストの審査員をやっていたのも記憶に新しいところですね。

http://www.nba.com/historical/playerfile/index.html?player=roy_tarpley

ロイ・タープリー。このヒトもクスリでキャリアを棒に振ったクチですね。'86年ドラフト7位指名でマヴス入り、NBAオールルーキーチームに選出されて順調なNBAキャリアを送っていたにも拘わらず、'90-'91シーズンにコカイン使用のためNBAを追われます。5試合だけとはいえ、FG成功率.544の20.4得点11.0リバウンドをマークしていたのですが・・・。2シーズンをギリシアリーグで過ごした後'94-'95シーズンにマヴスに復帰し、12.6得点8.2リバウンドとまだまだやれるところを見せたのですが、'95年12月に今度はアルコールで引っ掛かり、リーグを永久追放されたのです。その後も主にギリシアリーグで活躍し、'06年にはCBAでプレーし、NBA再々復帰を伺ったタープリーですが、何しろ当年とって45才な時点でどう見ても・・・ですね。



そして、NBAでドラッグと言えば、やはり彼の事を語らない訳には行きません。レン・バイアス。スポーツ史上屈指のドラッグによる不幸は彼に止めを刺すといっても過言ではありません。NCAAではメリーランド大で鳴らし、'86年ドラフト組では最も完成されたフォワードとまで言われた彼はジャンプ力、フィジカルの強さ、プレーのクリエイト能力を兼ね備えた次代のスター候補選手でした。そして'86年ドラフト、彼は前年チャンピオンのセルティクスに2位で指名されたのです。アディダスとの契約を結び、いよいよNBAの大舞台に羽ばたこうとした矢先、ドラフト指名から僅か48時間もしないうちに彼はコカインの過剰摂取でこの世を去ってしまったのでした。

バード、マクヘイル、パリッシュのBIG3時代だったセルティクスにもしバイアスが加わっていれば、果たして何連覇していたか分かりません。この事件をきっかけにセルティクスの長きに渡る低迷期が始まったとさえ言って良いでしょう。事はバイアス1人だけの不幸では無かった訳です。

http://www.gunaxin.com/top-ten-athletes-who-damaged-their-careers-with-drug-abuse/2434

この記事にあるようにドラッグで不幸なキャリアを送ってしまったアスリートは少なくありません。「ダメ。ゼッタイ。」というキャッチコピーは伊達じゃないんですよね。酒井法子は尿検査で覚せい剤反応が出なかったらしいですが、まあ清純派からのイメージダウンは免れませんし、芸能界復帰はある意味田代まさし以上に難しい気がします。みなさーん、ホントにクスリだけはだめですよー。

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ウェイマン・ティスデイル(1964.6.9〜2009.5.15)

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http://www.nba.com/2009/news/05/15/tisdale.obit.ap/index.html


http://sports.espn.go.com/ncb/news/story?id=4168852

http://www.soonersports.com/sports/m-baskbl/spec-rel/051509aaa.html

既報の通り、骨癌のため右足を切断し、闘病生活を送っていた元NBA選手、ウェイマン・ティスデイルが5月15日の朝に亡くなりました。残念ですが、先に亡くなった忌野清志郎同様、彼もまた癌には勝てなかったのですね。

テキサス州フォートワースに生まれた彼は当初はバスケットボールに関心は薄かったのですが、8年生時に初めてダンクのやり方を習うとバスケットボールをプレーし始めます。彼はよくいる、バスケ選手だけど音楽にも興味があるといったレベルではなく、そもそも音楽の方が大好きでした。誰に習うでもなく独学で覚えたベースを、彼はオクラホマ大にリクルートされた後も弾き続けていたのです。

3年在籍したNCAAで彼は3度に渡ってビッグ・エイト・カンファレンスのプレイヤー・オブ・ザ・イヤーに選ばれます。1〜3年生の間にAP選出のオールアメリカン1stチームに3度選ばれたのは彼がオクラホマ大史上初であり、オクラホマ大での総得点数は3年プレーした選手としては未だに1位。.578というFG成功率は歴代2位です。そして'84年のロサンゼルス五輪にはマイケル・ジョーダンと共にプレー、金メダルを獲得したのです。オクラホマ大で彼の背番号23が永久欠番化した事は言うまでもありません。

'85年、ペイサーズに指名されてドラフト2位でNBA入り。以降、キングス、サンズと渡り歩いて12年のキャリアを全うします。オールスター選出こそありませんでしたが、'89-'90シーズンのキングスではキャリアベストとなる22.3得点、そして7.5リバウンドをマーク。ミッチ・リッチモンドとの内外デュオはなかなかの破壊力だったものです。

'96-'97シーズン、サンズでのプレーオフ1stラウンド敗退を最後に引退。まだ32才の若さでしたが、現役時代から既に彼のアーティスト活動は始まっていました。NBA引退により、よりベーシストとしての活動が本格化した事は言うまでもないでしょう。



このEPK(プロモーション用映像)でも分かる通り、彼のベースの腕前は本物でした。キャリア通算8枚のアルバムをリリースし、特に2001年にリリースした「フェイス・トゥ・フェイス」はビルボードチャートのコンテンポラリー・ジャズ部門1位を獲得します。'70sファンクバンドに音楽的な影響を受けた彼はクール&ザ・ギャングの「ゲット・ダウン・オン・イット」などをカヴァーしてもいますね。2008年に最後のアルバム「リバウンド」をリリースしたばかりだったというのに、ジャズギタリストのノーマン・ブラウンとプロジェクトを計画していた矢先の不幸だったのです。

http://sports.espn.go.com/ncb/columns/story?columnist=kreidler_mark&id=4170151

こちらの記事でも指摘されている事ですが、ティスデイルの魅力は人懐っこいあの笑顔だったと思います。それはコート以外の場所にいる時の彼の表情を見れば一目瞭然というものですね。私も彼の表情は笑顔以外殆ど記憶にないくらいですから。

NBA選手としての名声は後世に残るレヴェルまでは今一歩届かなかった感がありますが、'90sNBAを知る者としてはやはり記憶に残る存在でした。NBA関連のニュースやヴィデオソフトなどでは彼のベースを弾く姿はしばしば印象的に引用されていましたからね。エイズに感染した割に力一杯元気なマジック・ジョンソンのような例もあるだけに、もっとミュージシャンとしても長いキャリアを送ると思っていたのですが、残念です。合掌。



※参考文献

Wikipedia

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名将、還らず

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http://sports.espn.go.com/nba/news/story?id=4153982

忌野清志郎、囲碁の藤沢秀行名誉棋聖などの訃報が相次いでいますが、アメリカからも悲しいニュースが届きました。既報の通りすい臓癌で闘病中だった名将、チャック・デイリーが78才で逝去です。

「バッドボーイズ」ピストンズを率いての2連覇、そして初代ドリームチームを率いてのバルセロナ五輪での金メダル獲得とその偉業はやはり只者ではありません。ドリームチームなんて誰が監督だろうと金メダル当確だろうJK・・・と思われがちですが、ああいうスーパースター揃いのチームを纏め上げるというのはむしろ大変な作業なのでして、それをきっちりこなしたデイリーの手腕は高く評価されて当然なのですね。

我等がマジックも'97-'98、'98-'99(短縮シーズン)の2シーズンお世話になりました。なお、'97-'98シーズンは彼の13シーズンに渡るNBAでのHCキャリアで唯一プレーオフ出場を逃したシーズンです。不甲斐無い話でスビバセン(つд`)有難う御座いました、そして合掌。





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さよならダックワース

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http://sports.espn.go.com/nba/news/story?id=3553879

ドレクスラー、テリー・ポーター、バック・ウィリアムズ、ジェローム・カーシーと共にブレーザーズの'90年及び’92年のファイナル進出に貢献したセンター、ケヴィン・ダックワースが44才の若さで亡くなりました。11年のキャリアで平均11.8得点5.8リバウンド、オールスターにも2回出場した7フッターは無料のバスケットボールクリニックでオレゴンへ向かう旅の途上でした。死因ははっきり報じられていないようですが、体重増加の問題を抱えていたようなので心臓発作あたりが疑わるところでしょうか。

'97年に引退後もポートランドに在住して大工、魚釣り、ハンティングなどを楽しんでいたようです。建築会社やレストランの経営もしつつ、バスケットボールのクリニックも行っていたかと思われます。ビッグマンにはどうにも荒くれもののイメージが付き纏う人が多い中、彼は元チームメイトのポーターが「彼は大きな、愛すべきテディベアだった」と評するジェントルマンでした。合掌。


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モーツァルト:レクイエム
この文を書きたる者
ペニー
六伍壱 ◆MAGICcvM2E
昔の名前はセントトーマスこと 「NBA MAGICAL INSIDE」 (現在更新停止)管理人、 2chマジックスレ は最近はご無沙汰。シャック&ペニー時代からマジックを追っかける'90s世代NBAファンです。耳寄り情報・ご要望・リクエスト・リンク希望・ツッコミetcはmagicalinside651@gmail.comまでドゾー。twitterにもおりますので「六伍壱」で検索してみて下さい。
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