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余は如何にして籠球信徒となりし乎

余は如何にして篭球信徒となりし乎・5〜青島健太とドナ・ウィニキーの頃〜

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今でこそインターネットによる検索・情報収集は当たり前の事となっていますが、日本でNBA人気が定着したあの頃は依然としてテレビというメディアの力は圧倒的でした。とにかくテレビで流れない事には話にならなかった時代です。しかし、地上波でNBAがレギュラーな露出を取るのはまだまだハードルが高過ぎたのです。要するに、テレビ局から見てNBAというコンテンツは商売になる(=スポンサーが付く)かどうかは微妙な線でした。

だからこそ、NHK-BSからNBAのテレビ露出はスタートしたのだと思います。いや、NBAだけではありません。MLB、NFL、NHL・・・アメリカのプロスポーツリーグが雪崩を打って日本へ売り込みをかけてきたのです。それがBSスポーツニュースでした。平日夜9:30からだったでしょうか?30分番組の内容は徹底してアメリカ発のスポーツ。そしてそのキャスターを'93年から勤めたのが、青島健太さんでした。

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青島さんは元々慶應大学で強打者として鳴らした野球選手で、東京六大学秋季リーグでは未だにリーグ記録の22打点をマーク。ノンプロの東芝を経てヤクルトに'84年入団、プロ野球史上20人目となる初打席初本塁打を放つ鮮烈なデビューを飾るもののその後は選手として大成する事無く'89年に引退。しかし、彼にはもう一つの才能が隠されていました。現役時代、'87年大晦日の「ビートたけしのスポーツ大将」特番に銀のマスクで現れて、たけしに「素人の体つきじゃないが誰なんだ?」とまで言わせた彼には、明るいキャラクター、明瞭な語り口、伊達に慶應大学を出ていないなと思わせる知識がありました。かくてNHKは彼をメインキャスターに起用したのです。

ところでBSスポーツニュースで何を放送していたのかというと、実のところ殆どがESPNのスポーツニュースに翻訳を付けただけでした。あの頃のビデオ録画をお持ちならお分かりでしょうが、ESPNニュースのフォーマットは今と殆ど変わりません。今ならESPNのHPで動画をチェックすれば済む話なんですが、あの時分に他の方法でESPNのニュース番組を日本で見る方法は無かったのです。

これがNHKで良かったと思うのは、余計な編集を入れていないところ。民放ならF1における近藤真彦みたいな微妙な感じのゲストが微妙なコメントをしたりしそうなところです。理由はどうあれそういう無駄が無い番組作りは結果オーライでしたね。ESPNという素材に余計なアレンジを施す事無くほぼそのまま使い、そこに青島さんの爽やかな声で、しかも元スポーツ選手の経験も挟みつつの的確かつユーモラスなトークが加わった事で、BSスポーツニュースは私のようなアメリカンスポーツファンにとってシンプルに優れた情報源となったのです。

実際私がマイケル・ジョーダン一度目の引退を知ったのもこの番組ででした。毎日の試合ダイジェストと試合結果、ニュース、インタヴュー、ハイライト集・・・我々の世代にとってこの番組は非常に重要な存在だったのです。日本時間で午前中、遅くとも昼過ぎに終わっている試合の結果を知るのが夜9時半とか、今ではなかなか有り得ない遅さに感じられるかも知れませんが、当時としては十分有難い存在でした。かなり前に紹介しました2chのレス「青島健太だけが情報源だったんだぞ!」は決して大袈裟じゃなかったんです。

NHK-BSでは当時、午後7時から1時間50分の枠でNBA・NFLの放送を1試合流していました。NFLだと年間1回は大橋巨泉の解説などという飛び道具が控えていましたが、NBA放送には日本人で唯一NBAのドラフト指名を受けたジャイアント馬場より巨大な男、岡山恭崇というある種大物な解説がありましたね。結城昭二、あんどうたかお、奥野俊一、河内俊光、北原憲彦、倉石平、島本和彦(以上敬称略)といった方々が順に解説を務めておられ、それぞれに反響を呼んでいたものでした。

そんな中、'92年には遂に地上波までがNBA番組に名乗りを挙げました。と言っても流石にフジテレビや日テレといったところが動いた訳ではありません。この種の先物買いに定評のあるテレビ東京が、日本初の地上波NBA番組を立ち上げたのです。その名も「NBAウィークリー」。キャスターにはドナ・ウィニキーという女性を起用、こちらもNBA最新試合結果&ダイジェスト、最新情報&ニュース、インタヴュー、ハイライトといった内容でした。ただ、NHKと違いこちらは専門番組。日曜午前11:30から30分丸々NBA情報というのはこれまた有り難かったです。しかも、こちらはなんとアメリカ現地での制作を行っていたのです!つまりドナさんはアメリカ在住だったんですね。この点だけでも関係者の努力に頭が下がります。インタヴューとかオリジナルで撮っていた覚えがありますね。

番組内の素材はもちろんこちらも海外のものが主体でしたが、そもそもそのオリジナルを見るチャンス自体が無かった我々日本人にとってそれはさしたる問題ではありませんでした。また、当時発売されていたNBAビデオソフトからの映像もこちらでは使われていましたね。これは推測なのですが、恐らくこの番組のスポンサーには当時日本でNBAビデオソフトを販売していたソニー・ミュージック・エンタテインメントが入っていたものと思われます。元々放送素材だった映像がビデオソフトに流用されたのか、それともビデオソフトのプロモーションの為に中身が番組に使われたのか鶏と卵どっちが先かみたいな話なんですが、どちらであれ宣伝になる事は確実でしたからね。この動画はその一例で「NBAスーパースターズ3」からのもの。これが字幕も含めてこのまんま番組内で流されていました。



なお、後日談ですが私はソニーでこのNBAビデオ販売に携わった方とお会いする機会がありましたが、残念ながら商売としては赤字だったようです。あの当時はアメリカでもソニーがNBAソフトの販売権を持っていましたからライセンスはそんなに高くは無かったんじゃないかと思いますが、やはりそこまで買い揃えるコアなファンは多く無かったのでしょう。3,800円という価格設定、そんなにボッタクリではなかったと思うのですが・・・。

とりあえず番組のメインテーマだったアポロ440(フォーフォーティーと読みます)の「アストラル・アメリカ」のビデオクリップを貼っておきます。当時を偲びたい方は是非どうぞ〜。なお、この曲自体NBAビデオソフトの「NBAスーパースターズ3」に収録されておりました。今にして思えば当時のNBAビデオソフトは当時のソニー所属アーティストかやはり多く起用されていた気がします。セリーヌ・ディオンがなぜかダン・マーリーとバスケしてたり、L.L.クールJやリセット・メセンデスとか収録されてたりしましたね。ま、ジャネット・ジャクソンとかホイットニー・ヒューストンあたりも入ってましたけど。



かくて、コンスタントなTV露出が確保出来たNBAにますますのめり込む私に、更に追い討ちをかける大キャンペーンが私を待っていたのです。

(以下、「6〜“Be the Best!NBA”」へ続く)

※参考文献

青島健太Wikipedia
NBAウィークリーWikipedia

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ヒトはいついかなる理由で特定球団のファンになるのでしょうか。本来自らの人生に特に関係無いはずのチームの成績に一喜一憂し、歓声と溜め息、時に罵声やブーイングまでも繰り出すようになり、果てはフーリガンと化したり甲子園や阪神電車内などで泥酔するようになったりしてしまうのは何ゆえでしょう?

私の場合は高田純次並みに適当でした。ひとつにはマジックのチームカラー。そう、生まれついての生粋の青色好きの私には常勝ブルズより応援したいチームが出来たんですな。ただ、青けりゃ良いなら他にも候補はありました。実際キディランドで伊藤忠商事ライセンス仲介アイテムのNBA消しゴムを見掛けた時、確か展開チームはブルズ、レイカーズ、マジック、ホーネッツ、・・・あとニックスだったかな?そう、マジック以外にも青いチームはある訳です。実際、ちょっときっかけがあれば私はホーネッツファンになっても全くおかしくありませんでした。

では、私をマジックファンに固定してしまった決定要因は何だったのでしょう?シャックの存在は確かに大きかったです。しかし、より私を惹き付けたのはシャックデビューの翌シーズンにマジックに入った長身で容姿端麗な「マジック・ジョンソン2世」でした。アンファニー・ハーダウェイ、通称ペニー。2年連続ドラフト1位指名権獲得というミラクル、いやチーム名通りにマジックを生んだ故の大型PGの獲得は私を惹き付けました。

伊藤忠商事主導のNBA振興策はいよいよ本格化していた折です。梅田の阪神百貨店でシャック、デニス・スコット、ドナルド・ロイヤルという「なんでやねん」と突っ込みたくなる人選の似顔絵3ショットTシャツが売られ、阪急イングスでは全チームのロゴ入りTシャツ取り扱いがスタート。そして、梅田ロフトの一部を間借りしてですがNBA専門ショップまでが誕生したのです。私も気が付けば大学帰りにそこへ寄る事が増えていました。

そして今ひとつ、私が行く頻度を上げた場所はミナミ、難波のスポーツタカハシ、「スポタカ」でした。ここはNBAコーナーが充実しまくっていまして、日本デザインのライセンス商品と共に直輸入アイテムが在庫豊富だったのですね。当時スニーカーショップで展開されていたシャックのシグニチャーシューズ第1号、「シャック1」を履き、彼のパーカーを買った私の次のターゲットは、ジェフ・ハミルトン社製のジャケットでした。

ハミルトン


確かテレビで柳葉さんがNFLサンフランシスコ・49ersのヴァージョンを着ていた記憶があるんですが、ジェフ・ハミルトン社製のジャケットってそれはそれはパンチの効いた値段するんですよ。全部革の商品だと20万円超えてきますからね。いくらなんでも大学生の身空でこれを買うのはハードルが高過ぎます。我が家が大学入学記念に外車やらマンションやら買ってくれるようなリッチファミリーならいざ知らず、典型的な中流家庭でどうにかなる代物ではありませんでした。

しかし、そんなリッチじゃない我々のためにジェフ・ハミルトン社は廉価版ジャケットを用意していました。これは一部に革を装備した硬めのコットンジャケットです。当時スポタカで45,000円ぐらいだった気がします。それでも、まだ気軽に買えるお値段じゃないですね。一緒に売っていたサテンジャケット(こちらは2万円切ってたかな)も良いかなと思ってましたが、やはり背中にマジックのロゴが踊るハミルトン社のジャケットの方が私はお気に入りでした。私は当時家庭教師などでバイト代を稼いでいましたが、それでもやはりなかなか買えなかったものです。

そんな'93〜'94年の冬だったでしょうか。奇跡が起きました。スポタカさんがバーゲンセールで件のジャケットを1万円ばかり値引きしてくれたのです。遂に私もバイトの金をはたくべき時が来たのだと悟りました。この頃、マジックはまだプレーオフ初進出へ向けてやっと道が開け始めた頃だったというのに、です。

本当のところ、背中一杯にチームロゴが踊るというデザインからするとマジックのような横長(当時)のロゴよりブルズやペイサーズのような円形〜正方形のロゴを持ったチームの方がより派手になって良かったのですが、私にとって問題は最早そこではありませんでした。マジックに心奪われた私にとっては、マジックのジャケットであることが第一義だったのですから。かくして、遂に私は宿願のジャケットを手に入れたのです。総皮革製でない以上、特に冬場寒さに強かった訳でもありませんが、どれだけ愛用した事かは最早語る必要も無いでしょう。

因みにこのジャケット、腕部分の革が一部破れてはいますが、一応今でも現役です。流石に近年は着てませんが、マジックが優勝したら引っ張り出してみましょうかね。ファイナル、初夏とかですけど(^_^;)

ともあれ、気が付けばここまでマジックにハマってしまった私でしたが、まだスニーカーには目覚めませんでした。シャック1を履いてはみたものの、今ひとつジーンズには合わない気がしたんですよね。私がバッシュ道へと道を踏み外すには、まだ時間とお金が必要でした。

また、この時代はまだネットの普及率も高くなく、今のように海外から直接情報を仕入れるのも楽な事では無かったのです。コアな方なら情報収集の為にパソコン導入とかやっている方もいらした事でしょうが、私にはこちらもまだ早かったのです。

DUNK SHOOT&HOOP両誌も私にはまだ遠い存在でした。当時のH誌は表紙の「HOOP」というロゴが金色だったんですよね。あのゴージャス感、いつか復刻してくれないものかなと思います。

さてネットも無い、バスケ雑誌も買わない私は一体どうやってNBA情報を得ていたのでしょうか?という話を次回はしてみようと思います。そこの同年代な貴方、ネタバレ懐かしコメントは次回待ちですよ!

(以下、5〜青島健太とドナ・ウィニキーの頃〜へ続く)

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DUNK SHOOT (ダンクシュート) 2009年 09月号 [雑誌]
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さて、皆さんDUNK SHOOT誌9月号はご覧になられましたでしょうか。通算200号記念企画の一環として、この号にはなんとNBAコミッショナー、デイヴィッド・スターンのインタヴューという代物が掲載されてます。この試みは先に「SLAM」誌が行なった事がありまして、D誌もこれに倣った訳ですね。そのインタヴュー内で「SLAM」誌の話をしているのも偶然でも何でもないという次第です。ま、元編集長のラス・ベンソン氏が連載持って定期的に対談に登場してるんですから別に何の問題もありませんが。

で、スターンのインタヴューですが、なかなか興味深いです。特に日本市場進出のくだりが。

「私が初めて日本に渡ったのは30年前だったと思います。NBAはそれ以前から日本の市場に興味を持っていて、その年に初めて伊藤忠商事の方々と会談したのです」

マジっすか!!(AA略)

30年前って、まだ'70年代の暗黒時代から日本進出を考えてたとか、どんだけヴィジョン広いんですかNBA。つまり、スターンがトップに就く前からNBAは海外での展開を視野に入れていたという事になります。ま、NBAはというより、スターンはトップになる前から海外進出を目指して動いていたんだろうなと思いますが。

で、既に30年前から伊藤忠商事が動いてたってのも凄いですね。商社ってところは商売になるなら何でも取り扱う凄い組織なんですが、NBAみたいなスポーツリーグにもこんな早い段階でコンタクト取ってたんですね。バスケ人気の根付いていない日本でこの早さ、あるいは伊藤忠商事にはバスケ好きの偉いさんor現場のヒトがいらっしゃったんでしょうか。

とはいえ、流石に'70年代はスターンもまずアメリカ国内でのリーグ立て直しが急務だったでしょう。それはNCAAの大スターだったマジック&バードのNBA入りで概ね解決しました。そして、アメリカでの基盤を確立した彼らはいよいよ酒井法子がまだ清純派だった気もする'80年代後半から日本のマーケットを目指して動き始めたのです。そう、伊藤忠商事とのタッグで。

まずはNHK。スターン自身がインタヴューで「22年間にわたって良い関係」と明言している通り、NHKがまずNBAの放送をBSベースで始めます。マジック&バード最後の煌めき、“バッドボーイズ”ピストンズ2連覇、そしてジョーダン&ブルズ初の栄冠へ・・・そんな時代でした。まあ私はまだ全然見てませんでしたが(笑)。

この当時、まだまだBS放送の普及率などたかが知れていました。しかし、幸い(?)この頃はまだMLBに挑戦する日本人もいなかったのです。野茂選手がメジャーリーグの扉を叩くのは'95年の話でしたからね。放送コンテンツを求めるNHKと日本でレギュラーなTV露出を求めるNBAの思惑は一致、ここにNBAは日本進出の橋頭堡を築く事に成功した訳です。時間が経つ程、BSの普及率は上がり、NBAが日本人の目につくチャンスは上がります。衛星放送でアメリカのスポーツを流す事が衛星放送開始の理念に沿うものだったかは些かの疑問もありますが、ともあれ最初の種は蒔かれました。

時を同じくして伊藤忠商事が更に動きます。上記のNHKでの放送を含め、NBAジャパンが出来るまでの間、日本でNBAビジネスを仲介していたのは伊藤忠でした。恐らくスターンと契約を纏めたであろう日本屈指のエリート商社は日本でのNBA展開を一手に担ったのです。私が就職活動していた頃、伊藤忠の資料にはNBAがビジネス案件の一例としてキッチリ掲載されていたものでした。

そんな彼らが次に仕掛けたのはNBAグッズ展開。黎明期、ブルズとレイカーズのグッズばかり溢れ返っていたのは伊藤忠側の判断だったと思います。まずはアパレル、バッグ類、文房具。その後、徐々にチーム展開の幅が広がっていきました。

私が梅田のキディランドでNBAグッズを見かけたのと、実家引越しに伴い買い直したBSチューナー入りのTVで初の3PEATに挑んでいたブルズを見かけたのと、どちらが先だったか今では思い出せません。しかし間違い無く言える事は、こういうプロモーションは様々な場所で同時に行なわれる方がより効果を発揮するものであり、少なくとも私にはそれは見事に作用した、という事実です。

流石にこの頃には名前ぐらいは耳にしていたマイケル・ジョーダンという選手、そしてその傍らにいる馬面のピペンなる聞き慣れない名前の選手、そして嫌が上にも目につく赤いゴーグルのグラントという名前の選手。そしてどうやらジョーダンの次ぐらいに来るスターらしいバークレーとかいう名前の蛸入道。いつの間にやら、我が家の夜飯時間のチャンネルはNHK-BSの占有率が上がっていったのです。一応NHKなので親も安心して見ていられましたし、BS放送そのものへの物珍しさも幸いしました。そこまで狙ってNHK-BSでの放送だったのなら本当に恐るべしNBA&伊藤忠です。

そして、外に出ればNBAグッズ。BSで見たあれがこのチームかと私にも見当がついてきました。しかし、当時はやはり知識が全くありません。全部で何チームかは勿論、そもそもどこにどんなチームがあるかも分かりませんし、分かる情報源もありませんでした。ドリームチームブームの頃に雨後の筍のように林立したNBA専門誌は、本好きのはずの私の目にはまだ届いてなかったのです。私が定期的にNBA雑誌を買うようになる頃にはもう、DUNK SHOOT誌とHOOP誌以外の雑誌は無くなってしまってましたね。BOOK OFFのバスケ雑誌コーナーに時たま、これら今は無きNBA雑誌のバックナンバーがありますので、一読をお勧めします。当時の広告戦略、展開商品が分かりますよ。

ともあれ、プロ野球&高校野球、五輪、相撲、硬式テニス、F-1あたりをチェックしていた平均的日本人だった私の中で、NBAのランキングは徐々に上がって行きます。しかし、当時の私はまだ、このチームを応援するという特別なモチベーションはありませんでした。まだまだ知識が圧倒的に足りなかったですしね。かくして、これまた平均的ですがとりあえずジョーダン&ブルズを緩く応援するぐらいの感じでした。

案の定、ジョーダンは私がライバルと睨んだ蛸坊主の率いるチーム、サンズとファイナルでぶつかります。そしてあの、パクソンの決勝3ポイントを目撃した訳です。私はやっと、バスケットボールという種目の醍醐味を味わったのでした。



しかし、この直後ジョーダンを悲劇が襲います。アメリカ銃社会の闇はジョーダンの実父強盗殺害事件という悲劇を生み、この事をきっかけのひとつとして、ジョーダンはなんとNBAから一度目の引退を発表してしまったのでした。

これには弱りました。ジョーダン引退でほんのちょっとブルズに傾きかけていた気持ちも形無しです。さて、来季はどのチームを見ていけば良いものやら・・・そんな私に、以前にタワーレコード店頭でもらったフリーペーパー「bounce」のあるラッパーの紹介記事が目に入りました。

シャキール・オニール。

NBAドラフト1位の次代のスター候補にしてラッパー。音楽好きでもある私としては興味を持たない訳がありません。そして彼が在籍しているチーム名は、オーランド・マジックといいました。

この記事は伊藤忠商事の仕込みではありません。タワーのフリーペーパーですから出稿元は当時シャックのCDを発売していたレコード会社、BMGビクター(当時)だったでしょう。NHK-BSと伊藤忠商事の思惑とはちょっと違う形で、私のNBAファンへの道は私自身も予想していない方向へと転がり始めたのでした。

P.S.
冒頭紹介した「DUNK SHOOT」誌のスターンコミッショナーへのインタヴューですが、スターンはbjリーグへの期待を述べている一方でJBL及び日本バスケットボール協会には一切言及していない事実に気がつかれた方はいかほどいらっしゃいますか?前回、そして今回とFIBAアジア選手権で最低成績を更新してしまっているのは決して偶然ではありません。協会のダメさをスターンは残念ながらよく分かっているんでしょうね・・・。

P.S.2

http://www.nack5.co.jp/catch_the_sports/index.shtml?file=200902&id=9

スターンのアジア&世界戦略についてはこちらの方が断然詳しいです。是非ご一読をお勧めします!私もこれから熟読してみますよ。

(以下、4〜マジック・キングダムへの道〜へ続く)

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それまで人気があった訳でも無いスポーツが盛り上がるには、たいてい幾つかの要素があります。例えば競馬はオッサンテイスト全開のギャンブルの場というイメージを明るく変え、若い女性層を取り込む事で飛躍しました。JRAという名称変更も上手かったですね。日本中央競馬協会のままではイメチェンは難しかったと思います。そこへ、シンボリルドルフだのオグリキャップだのとスター馬が登場したのも効きました。

F-1の場合なら日本人ドライヴァー中嶋悟の誕生、HONDA参戦、そしてセナを筆頭とするスター達の存在、とどめにフジテレビのプッシュですね。古舘さんのアナウンスがお嫌いな向きもありましょうが、あれが一時代を築いたのもまた事実です。

K-1なら正道会館、石井さんの立ち回りの上手さでしょうか。今や塀の中の住人ですが、フジテレビとTBS、日テレまでも巻き込む手腕は並大抵では行きません。その後の格闘技ブームの筋道はあの人が作ったようなものです。そこへ、アンディ・フグという日本人的なスターがタイミング良く出てきた訳です。佐竹の存在も何気に重要でしたね。

さて、ではバスケットボールの場合どうだったのかって話なんですが、残念ながら日本バスケット協会はあまり関係無かったように思います。たまたま、上手いタイミングで神風が二つ吹いただけですから。

神風その一は、意外にも週刊少年ジャンプから吹きました。バスケ漫画は成功しないという業界のセオリーに抗うべく、月刊少年マガジンの「DEAR BOYS」に続いて'90年に連載が始まったその漫画は、しかしぱっと見にはなんか赤髪ヤンキー漫画にしか見えなかった訳ですよ。私なんかも正直、第一印象はいまいちだったので、最初は読み飛ばしてたもんです。

団塊Jr世代ならよく分かると思いますが、当時のジャンプは「キン肉マン」「北斗の拳」「シティーハンター」etc、今思えば信じ難い層の厚さでした。掲載される漫画という漫画が次々アニメ化され、ゴールデンタイムのキー局で放送される様は正に他誌を圧倒していた、ジャンプ史上最強の時代。そんな中で、井上先生の絵はまだ今見るような完成度ではありませんでした。赤木キャプテン、初登場では頭の上にレンガ載ってましたからね。ハルコさんは連載開始から可愛かったですが。

私がやっと「スラムダンク」をちゃんと読み始めたのは対陵南の練習試合が終わった後、時間切れなのに桜木が「パアアス!」と叫ぶ会からですね。気まぐれにあれを読んでみて、恥ずかしながら私はようやく井上雄彦というヒトの才能に気付いた訳です。更に私の心を掴んだのは三井登場の回でしたね。あれ、またヤンキー漫画?と思ったらあんな展開ですからねえ。個人的には木暮先輩のうさぎTシャツがシリアスな場面に全くマッチしないあたりに、かなりツボった記憶があります。あのTシャツ、ユニクロとかで商品化して欲しいです(笑)。

そこからはもうひたすらハマるだけだったんですが、そこはまあ皆さんもたいてい同じでしょ?私、人生で「スラムダンク」が嫌いなヒトに会った記憶がありません。ただでさえ力量のある作家が、バスケットボールというスポーツを知り尽くしていた故に、これほどまでにバスケットボールの魅力を雄弁に語る作品を描き上げる事が出来たのです。結果、「スラムダンク」はバスケットボールというスポーツ自体のプロモーションに、最強の存在となり、部活のバスケ部員は増加しました。古くは「キャプテン翼」でサッカーに目覚めた世代がJリーグ設立やW杯進出の力となり、近年でも「ヒカルの碁」で小学生に囲碁ブームが来ましたが、全く同じ現象ですね。

かくして、恐らく日本という国で初めてバスケットボールというスポーツが盛り上がりを見せた絶妙なタイミングで、今度は世界レヴェルで第二の神風が吹きました。そう、バルセロナ五輪を席巻した'92年のドリームチームですね。'88年、ソウル五輪で金メダルを取り逃がした事からアメリカが本気を出してNBAのオールスターを注ぎ込んだという実は大人気無い流れではありました。このためにわざわざプロ選手の五輪出場を解禁した訳ですから・・・。ただでさえ商業化の波が押し寄せていたオリンピックに、これは決定的な一撃だったと言えます。

それもそのはずで、ここでNBAを率いる男、デヴィッド・スターンコミッショナーの出番な訳です。ドラッグなどで非常にイメージが悪かったNBAをJRA宜しく改革に邁進、マジック・ジョンソン&ラリー・バード、そしてマイケル・ジョーダンとタレントにも恵まれたスターンは'80年代にNBAを一気に立ち直らせ、商業的にも大成功を築き上げたのです。

しかし、スターンというヒトの凄さはアメリカ国内のマーケットだけでなく、既に世界中にNBAを売り込むという構想を持っていた事でした。そしてアメリカ国内の人気が最高潮を迎えつつあった'92年、しかもマジック・ジョンソンのエイズ事件で一層リーグが注目を引いていたタイミングで、スターンはバルセロナへNBAの最精鋭とさえ言える面々を送り込んだのです。そう、彼らはスターンが築き上げてきた業績の集大成であり、NBAというリーグを世界にアピールする代表団だった訳ですね。

その効果は絶大でした。対戦相手が試合前に記念撮影するわ、試合中までベンチのチームメイトにマッチアップの写真撮らせるわとファン揃いなのですから、観衆達はもっと大変です。スターンの狙い通り、全試合圧勝で完璧な金メダルを獲得したドリームチームはアメリカ代表の名誉を完全に取り戻すと同時にNBAを世界に売り込む事に成功しました。こうしてバスケットボールというスポーツの魅力に取りつかれた男達が、世界中からNBAを目指し、やがてアメリカ人選手をも脅かす存在へとなっていくのですね。

しかし、ここまで書いておいて何なんですが、実は私はドリームチームのショックは殆ど経験してません(笑)。我が家はオリンピックとか割とちゃんと見てたはずなんですが、今にして思えば当時の我が家、そして私は日本のメダル争いにしか興味を持っていなかったのでしょう。「♪乗客に日本人はいませんでした、いませんでした〜」と歌うイエローモンキーの名曲「JAM」じゃありませんが、私もまだまだナショナリズムの軛から脱する事が出来なかったんですね。

しかし、スターンの国際戦略はこんなものでは終わりませんでした。NBAを日本という大きなマーケットへ売り込むべくスターンは超一流商社、伊藤忠商事と組みます。彼らの画策したNBA売り込み策の数々が私の心を捉える日が、刻一刻と迫って来ていたのでありました。

(以下、「3〜NHK-BSと伊藤忠商事、そしてシャック〜」へ続く)

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特にこれといった個性の無い関西のありふれた農家地帯に生まれた私は、生まれてすぐに天を指差したりとか馬小屋で生まれたりといった劇的なエピソードども皆無な次男坊として育ちました。そうですね、母の話によるとすき焼きに石鹸を投げ込んで牛肉を食べるリスクから家族を救ったり(まあその後で作り直して食べた訳ですが)、昔は4人分連続で使い回していた予防注射の針をブチ抜いて何人分かを無駄にする事で注射針使い回しの危険性を訴えたぐらいでしょうか。あ、因みに保健所の方に「こんな子知りません!」とブチ切れられたそうです。

ピンクレディーを子守唄に育った我々団塊Jr.世代にとって、バスケットボールなるスポーツに触れる機会は皆無でした。テレビは野球、しかも巨人の試合が殆ど。関西補正で阪神の試合が多かったのはサンテレビのおかげでしたが、それほどまでに当時のスポーツ人気は偏っていたのです。1に(プロ)野球、2に(高校)野球。相撲、格闘技、陸上長距離、ゴルフ。だいぶ引き離されてラグビー、サッカー、バレーボールにテニスでしょうか。F-1定期開催など夢のまた夢、競馬はもっと不健全全開なイメージでした。何しろ「競馬が原因で借金、一家心中」なんて見出しが踊っていた時代です。とても競馬はスポーツという認識では無かったと言って良いでしょう。確かにスポーツ新聞には載ってましたが。

それらから更に超えられない壁を経て、やっとバスケットボールのお出ましでは無かったかと思うのですね。何しろ、テレビで試合を放送などまず考えられなかった時代です。事実、小学校に入るまで、私はバスケットボールなるスポーツの存在を基本から認知さえしていなかったのです。それは極めて平均的な日本の小学生の姿だった事と思うのですね。

いや、小学校に入ってすらすぐにはバスケットボールに触れる機会は有りませんでした。代わりに、恐らくはバスケットボールへの導入として小学校低学年でやった球技、皆さん覚えていますか。そう、ポートボールって奴です。シュートが不正確な上にそもそも高さが出ない事を考えてあの球技が最初に行われた事と思うのですが、まあその後人生でプレーする機会の無い球技ランキングでは水球と双璧を為すんじゃないかと思います。海外の方々がやるとやはりアリウープ宜しく華麗なパスが自軍ゴールへ飛び交うのでしょうか?一度大の大人が真剣にプレーするのを見たい気もします、ポートボール。



小学3年生ぐらいからやっとバスケットボールの授業がスタートします。が、これがまたバスケット用のボールを使わなかったりするんですよ。なんか良く分からない、何にでも使い回せそうなボール。で、コートは外だったりするんですよね。というかアレじゃないですか、世の中には授業で習うと嫌いになるって定理もある訳ですよ。音楽の授業で聞かされたクラシックとかそのまま好きになるヒトの方が少ないでしょ?あれと一緒ですよ。こんなんでバスケという競技に魅了されるとしたら、そいつはもうバスケの神様に魅入られた人なんじゃないかと思うぐらいです。

野球、相撲、プロレス以外のスポーツにはオリンピックというチャンスがあるもんですが、そもそも日本代表が出場出来ないバスケットボールなどに注目が集まる訳がありません。私の実家に転がっていたオリンピックの本には、バスケなど本当にさらっと触れて終わりってなもんでありました。

やっとバスケットボールというものを取り上げたTV番組は、ダッシュ勝平でした。これ、残念ながらバスケはあくまでツカミ、話の内容はエロコメだった訳でして、まあこれでバスケットボールというスポーツの人気が出るとも思えません。第一、親が子供にこんなアニメを見せようと思わないでしょう。今より大らかな時代のようでいて、「ハレンチ学園」とか「まいっちんぐマチコ先生」とか国会で取り上げられるぐらいのバッシングでえらい目に遭ってたんですからね。

かくして、小学生の間に私がバスケットボールという競技を好きになる可能性は殆ど無かったと言えます。家の近所のサッカー教室に通ってたぐらいでしょうかね。この時サッカー習ってたお陰で未だにサッカー上手いフリだけは出来る私ですが、もっとしっかりやってれば今頃は高校あたりでサッカー部のエースとなって女の子より取り見取り・・・それはないな。

それはさておき、私が中学に入ってもなおバスケットボールに対するる世間の扱いは大して変わっていませんでした。が、この時の体育の先生によって、私は初めてNBAの存在に触れたのも確かです。明らかにバスケ好きだった先生は「バスケットボールは一番大きいボールを一番小さいゴールに入れるスポーツです」と誇らしげに語っていたものです。そう、中学に入ってやっと本物のバスケットボールに触れたんですよ。まあゴム製ボールでしたが。

この先生は保健体育の授業も担当していて、たまに授業そっちのけでバスケの話をしてました。確か新婚旅行でロサンゼルスに行った話でしたね。2人で地下鉄乗ったら怖そうな黒人ばっかりでビビッたとか言ってた記憶があります。そりゃそうで、当時のアメリカではまだまだ地下鉄は危険な乗り物扱いだったんですよね。今にして思えば、先生が新婚旅行で見に行ったのはショータイムバスケ全開だった頃のレイカーズだった訳です。あの時代に新婚旅行でNBA観戦とは、奥さんもなかなか理解のある方だったんだなと思います。あ、さてはその後ディズニーランドに行くというパターンだったんでしょうか。東京ディズニーランドはもう出来てた頃ですが。

しかし、先生は当時「NBA」という単語は我々に言わなかった記憶があります。中学生にナショナルバスケットボールアソシエーションとか言っても分からないよなー、ってなところでしょう。レイカーズというチーム名も言ってなかったはずです。今から20年以上も前の事ですし、バード&マジック時代の到来とマイケル・ジョーダンのデビュー、デヴィッド・スターンの辣腕をもってしてNBAはやっとアメリカ国内での人気を決定的なものにした時期です。アジアの島国に住む中学生にまでその魅力を伝えるには、まだ時間が必要でした。だいたいこっちは阪神タイガースの優勝でそれどころじゃありませんでしたし。

私が高校生になってすら、この状況は殆ど変化していなかった感があります。アメリカ代表チームがソウルオリンピックで敗退するという事件も日本でのニュースとしては大した事も無く、やはり私の耳にはバスケットボールというスポーツの魅力は殆ど届きませんでした。高校で何故かタダ券配られて見に行ったバレーボールの方がまだ見てた方でしょう。だって、バレーボールは当時川合さんとかがアイドル的な人気で盛り上がってましたからねぇ。大林素子さんも今は良く分からない人になってますが、当時はやはりトップアスリートの1人でしたし。そういうTV映えする人材がバスケにはいなかったんじゃないかなと思います。

小中高12年間の学生生活の間、私にはバスケというスポーツの魅力を理解するチャンスはあまりありませんでした。あるNBA選手のニュースを予備校時代に聞かされたのが、初めてバスケットボールというスポーツを意識した時だったかなと思います。ええ、マジック・ジョンソンのエイズ感染ですね。新聞のスポーツ欄に結構大きく載ってたと思います。理由はどうあれNBAが日本の一般紙の紙面で大きく取り上げられたのは、あれが初めてだったんじゃないでしょうか?

しかし、当時はエイズに感染した俳優・有名人が次々と出始めた時期であり、その中の1人だったマジックにそこまで大きくスポットが当たった訳ではありません。少なくとも日本ではそうでした。まさか、あの頃HIVウィルスに感染した人々の中で、マジックだけが未だに元気なままでいるとは思いませんでしたけどね。

ともあれ、やっと私にもNBAというスポーツの存在が認識されました。しかし、プロ野球、高校野球(予選結果をよくチェックしてました)、相撲、マラソンあたりにスポーツの意識が集中していた平均的な日本人だった私にとって、それはまだ単なる知識でしかありません。私が今のようなバスケ好きになるには、井上雄彦さんと伊藤忠商事、ソニーミュージックエンタテインメントさんあたりの力が必要だったのであります。

(以下「2〜スラムダンクとドリームチーム〜」へ続く)

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余は如何にして籠球信徒となりし乎〜プロローグ〜

ブログネタ
NBA に参加中!
皆さん、特にバスケblogをお持ちの皆さん、書くネタが無いなんて事がありますか。私は書きたい事が本当に一杯あります。私のblogは現在日々の最新ニュースとその考察、「栄光無き天才たち」シリーズ、バスケ漫画紹介、2ch神レス紹介といったコンテンツを並べていますが、今時点で始めたい企画が少なくとも2つアップ中です。また、休眠中のシリーズも再開を考え中だったりします。私が今ニートなら1日中blog更新してるでしょうね。ま、そうなったらそうなったで文章なんか書く気になれないのかも知れませんが。

そんな中、私の悩みは電車内で更新する行為の限界です。最新ニュースは携帯である程度チェック可能ですが、「栄光無き天才たち」シリーズみたく調べながら書いていく更新は携帯ではちょっと無理があります。

で、電車内でもサクサク更新出来るようなネタって何だろ〜とつらつら考えた結果、それは自分の記憶を辿って書けるような話題がベストだろうといい結論に至りました。という事で、ここに恐らく過去に例を見ない新シリーズをスタートしたいと思います。

テーマはズバリ、「私がどういう経緯でNBAファンになったか」です。東洋の島国に生まれ、子供の頃は普通に阪神タイガースとか応援してたはずの私が、バスケ部でも無かったのに何故にこんなblogまでやるまでに至ってしまったのか。自らのルーツを振り返りつつ、'90年代ファンに懐かしいあれこれを思い起こしながらNBA人気の光と影、そして今を考えていければと思います。

新情報が無く、私個人に通勤の車内で読みたい本などが無い時は基本的にこのシリーズを書いていくつもりです。皆さんにもご自分の懐かしい記憶が甦るような、そんな内容を目指していきますのでご期待下さい!

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ペニー
六伍壱 ◆MAGICcvM2E
昔の名前はセントトーマスこと 「NBA MAGICAL INSIDE」 (現在更新停止)管理人、 2chマジックスレ は最近はご無沙汰。シャック&ペニー時代からマジックを追っかける'90s世代NBAファンです。耳寄り情報・ご要望・リクエスト・リンク希望・ツッコミetcはmagicalinside651@gmail.comまでドゾー。twitterにもおりますので「六伍壱」で検索してみて下さい。
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